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2025年2月5日公開

自動車業界から農業へ進出――
「痒い所に手が届く」城南製作所のスマート農機はどうやって生まれたか?

深刻な人手不足や産業構造の変化に直面する日本において、中堅・中核企業の成長戦略が問われている。しかし、経営資源に限りがある中堅企業が、既存事業の枠を超えて新事業に挑戦することは容易ではない。

老舗自動車部品メーカーの城南製作所は、自動車業界における「100年に一度の大変革」といわれる状況のなかで今後の経営に危機感を抱き、農業分野に参入。外部の組織の力をうまく活用しながら、未知の業界に挑んだ。

新事業の立ち上げは、城南製作所にとって初めてのこと。しかし、手探りでもいいから一通り実践してみれば誰もが経験者になれる。スマート農機「Folloone(フォローン)」の開発を通じて得たノウハウを生かし、第二、第三の新事業の立ち上げを見据えている城南製作所の前向きな姿勢は、多くの悩める企業の参考になるはずだ。

自動車業界の大変革時代を生き抜くために

1946年創業の城南製作所は、自動車部品の開発や製造、部品加工、組立を行う自動車部品メーカーだ。主力製品のドアウインドレギュレーターは国内市場トップクラスを誇り、その他にもあらゆる部品を扱っている。

城南製作所 本社

大きな特徴は、特定のメーカーの下請けではなく、完全に独立した企業として国内全ての自動車メーカーと取引を行っていること。これらを強みとしながら、国内3拠点のほか、海外ではアメリカや中国、メキシコなど6カ所に拠点を置いてグローバルで事業を展開し、安定した経営を続けてきた。

そんな城南製作所が新たに開発したのが、スマート農機「Folloone(フォローン)」。ぶどうの収穫などを担う作業者をセンシングして自動追従する機能をもち、移動や荷下ろしなど従来の作業を軽減できる運搬車だ。2024年10月の展示会に試作品を出展すると農業従事者からたちまち注目を集め、現在は2026年春の発売を目指して実証実験を行なっている。

新事業の検討を始めたのは2012年頃だった。その背景を、代表取締役社長の宮本聖一が明かす。

「自動車業界は『100年に一度の大変革の時代』と言われているように、自動運転、電動化が進み、自動車自体のあり方が大きく変わってきています。そのため、当社製品のニーズも変化していくことが予想されます。例えば主力製品のひとつに、ボンネットが風圧で開かないよう固定する『フードロック』がありますが、電気自動車は従来型のエンジンルームを必要としないので、フードロックが不要になるかもしれません。一方でカーシェアリングが普及しているので、自動車部品の需要そのものが減退する可能性も高い。企業として体力があるうちに新事業を立ち上げたいと考えたのです」

宮本聖一|株式会社城南製作所 代表取締役社長

地域の潜在的ニーズを徹底リサーチ。既存技術とかけ合わせる

とはいえ、暗中模索の状態からのスタートだった。これまでの仕事の進め方との違いに戸惑ったという、プロジェクト発足当初のことを宮本は振り返る。

「自動車部品の製造経験しかなかったので、新事業の始め方がまったくわからなかったのです。自動車に必要とされる部品はすでに決まっているので、新商品を開発するといっても既存の部品を改良するくらい。そのため、新しい事業のアイデアを出すことさえできませんでした」

新事業の必要性を感じつつも、遅々として具体化しない。そんな状態で7年近くの歳月が流れていたが、2019年に宮本が社長に就任したことで一気に風向きが変わった。社内の人間だけでは新事業を始められないのなら、外部と連携すればいい。そう決断すると、まずはコンサルティング会社の力を借り、新事業探索の手法を学んだ。同時に、新事業のプロジェクトチームを編成。社内公募でメンバーを募ると、若手社員を中心に4人集まった。ここから、城南製作所の新事業計画が加速した。

市場リサーチを行いながらチーム内でアイデアを出し合い、まずは新事業候補を6つ挙げた。この6事業を部門長以上で評価し、2事業にまで絞り込んだ。事業計画の骨子ができた段階で事業企画部としてチームを再編成し、より具体的に新製品の検討を進めるべく、リサーチを深めた。

「地域のニーズは何かと考えたときに着目したのが、農業の省力化機器でした」と宮本は話す。農家にとって就農人口の減少、高齢化は喫緊の課題となっている。また、長野県内では圃(ほ)場に機械を導入しやすいよう樹木を一定の形にそろえる「省力樹形」を取り入れた栽培方法の普及が進んでいて、作業の自動化を検討する農家は今後ますます増える見込みだ。特に城南製作所の本社がある上田市は果樹栽培が盛んな地域。省力樹形が普及しているぶどうをメインターゲットとして、ぶどう農家の作業を観察しながら潜在的なニーズを探った。

こうして考え出したのが、前述の自動追従運搬車・フォローンだった。前面についた2つの超音波センサーで前方を歩く作業者の位置を推定して追従することで、これまで人力で一輪車を動かし収穫していたことによる、体力の消耗や腰痛などの原因解消につながった。また、最大150キロまで積載でき、運搬の効率化も期待される。高齢者など機械に不慣れな人でもすぐに扱えるよう、ボタンひとつで作動するシンプルな設計にしたことも重要なポイントだ。

未知の分野に挑む覚悟で始めた新事業だったが、既存の技術を活かした部分もあった。過去に自動車部品開発の過程で超音波センサーを研究したことがあり、フォローンに搭載したセンサーはそこで得た知見がもとになっている。

「他社が採用する位置推定の手法と比較してデータ処理がシンプルなので、走行制御に必要な時間が短い」と話すのは、フォローンの開発を手掛けた近藤剛。「データ処理に時間がかかってしまうと、作業者の動きに合わせたタイムリーな走行制御ができません。そうすると、作業者に追突してしまう可能性があります。フォローンは追突せずに、他社製品よりもさらに近くまで張り付いて追従してくれるので、作業がしやすく負担軽減につながるのです。また、処理するデータがシンプルな分、内蔵するコンピューターを安価にできるので、コストの低減にもつながります」

近藤剛|株式会社城南製作所 事業企画部 事業推進二課 課長

道を拓いた多角的な外部連携

農家に足を運んで徹底的なリサーチを行ったことによって生まれた、まさに「かゆいところに手が届く」製品。2024年の展示会では、まだ開発中の段階にもかかわらず、30件以上の問い合わせを受けた。なかには農業以外の業界の企業からのコンタクトもあり、すでにフォローンの幅広い活用の可能性が見え始めている。

新事業立ち上げの経験がなかったにもかかわらずここまで順調に進んだ要因のひとつには、外部との積極的な連携が挙げられる。自動車部品の製造の経験しかなかった城南製作所にとって、完成品をつくるのはまったく初めてのこと。新事業のスタートの段階では社内で不足している人材や技術の洗い出しを行うものだが、「何もないところから始めるという認識で、初期段階から外部パートナーの協力が不可欠でした」と宮本は話す。

実際に行われた外部連携としては、農業協同組合を通じて地域農家とつながり、作業観察やテストを実施。企業・法人農家とのマッチング支援も受けてマーケティング情報を収集した。また、信州大学繊維学部のレンタルラボを利用し、東御市のオーシャンネットワークから技術支援を得た。製品効果の実証では長野県工業技術総合センターと共同研究を行い、同センターの支援で広報担当の栁沢千暁が展示会用チラシを作成。商品パッケージの研究も行い、見やすいレイアウトに仕上げた。積極的な連携の結果として、リソースの確保だけでなく多角的な視点をプロダクトに落とし込むことにも成功した。

栁沢千暁|城南製作所 事業企画部 事業推進二課

「外部と連携しながらも、社内にノウハウを残すため実務は社内で行うよう努めました」と宮本は続ける。「本音を言うと、中途採用で経験者を集めたかった。しかし、求人の情報を出しても人がなかなか来ないのが現状です。そこで、外部との連携に至りました。人員の確保に関しては、今後も継続して取り組まなければいけない課題です」

地域の課題を解決する新事業を計画したことで、行政の補助金にも採択された。「上田市地方創生実践プラットフォーム基盤強化事業」のほか、ガソリンを使わないエコ型の農機であることから「ゼロカーボン技術事業化支援補助金」(長野県)の申請も通った。

こうした経験を踏まえ、宮本はより多くの中堅・中核企業が新事業に乗り出すためのポイントを指摘する。「現在は単年度制の支援がほとんどですが、新事業の結果を一年で出すのは難しい。今後は複数年にまたがる支援が増えるといいなと思っています。例えば、補助金採択の次年度以降は専門家を派遣するなど、事業を中長期的にサポートしてほしい企業は多いのではないでしょうか」

まずはフォローンを完成させて2026年春には発売すること。それが、城南製作所の目下の目標だ。しかし、これがゴールではない。「フォローンの開発を通じて、我々は新事業立ち上げのノウハウを得ることができました。この経験を活かし、市場の成長可能性が期待される分野をリサーチしながら、業界の枠を超えてどんどん挑戦していきたいです」と宮本は力を込める。今後の城南製作所の挑戦にも要注目だ。