ノウハウはゼロ、失敗続きの新規事業をいかにして成功に導いたのか。
エムケー精工・キーマンの手腕に迫る
深刻な人手不足や産業構造の変化に直面する日本において、中堅・中核企業の成長戦略が問われている。しかし、経営資源に限りがある中堅企業が、既存事業の枠を超えて新規事業に挑戦することは容易ではない。
長野県千曲市に本社を構える機械メーカー・エムケー精工は、主翼を担ってきた製品の市場が成熟化してきたことからビジネスとしての将来性を危ぶみ、かねてから研究を進めていたAIとファインバブルの技術を応用した新規事業を立ち上げた。
それまでとは異なる分野での挑戦の成功は、会社にとって新たな柱となりうる製品を生み出しただけでなく、社員に刺激を与え、意識変革にまでつながったという。
一連のプロジェクトについて、同社の取締役常務執行役員 商品開発研究所長で、新規事業の営業を担う子会社のAZx(エイザックス)で代表取締役社長を務める千葉和樹に話を聞いた。
市場が成熟化し、新規事業の必要性を感じていた
エムケー精工は長野県の北部、千曲市に本社を置く電機メーカーだ。1948年の創業当初は瓶の王冠などの製造を手がけていたが、1952年にサイフォン式給油ポンプ「ダイヤポンプ」の開発により業績を拡大。現在では業界トップクラスのシェアを誇る門型洗車機やLED表示機などのモビリティ関連機器のほか、自動ホームベーカリーや保冷米びつなど生活家電の製造販売と輸出入を主な事業内容としている。同社の強みは製品の開発から販売、メンテナンスまでを一貫して管理できる体制にあり、顧客のニーズに柔軟かつ迅速に応えることで信頼を得てきた。
しかし、これらの主力製品の市場は成熟しつつある。例えば、門型洗車機の販売先であるガソリンスタンドはこの20年間で40%以上減少。燃費改善や脱炭素の取り組みが進むことでガソリン需要が落ち込んでいることや後継者不足の問題から、この傾向は今後も続いていくと見られている。
また、生活家電においては、大手電気機器メーカー数社が市場の大半を占めてしまっている。千葉曰く「当社がどんなに優れた製品を開発・販売しても、全国レベルのブランドにはとても敵わない状況」だ。こうした背景から、新規事業の立ち上げが喫緊の課題となっていた。
既存事業にもいかせる、新規事業の技術とは?
そこでエムケー精工が新規事業として始めたのが、ウォッシングソリューション事業とネットワークカメラソリューション事業だった。
ウォッシングソリューション事業では、従来は機械洗浄が困難といわれてきた洗浄物の課題を解決する製品を2021年から販売。具体的には、キクイモや生姜、里芋といった根菜などを洗い上げる「二流体根菜洗浄機」と、温水で農機洗浄ができる「農機洗浄用バリアブルガン」の2つだ。
そして、ネットワークカメラソリューション事業では、主に自治体や建設業、農業に向けて防犯・監視カメラサービスを2022年より展開。これは、高画質カメラをレンタルし、必要な映像だけを再生・ダウンロードできるデータ通信プランを低価格で提供するサービス。
これらの新規事業を支えているのが、2018年頃から研究を始めたファインバブル(※)とAIの技術だ。研究は具体的なプロダクトのアイデアがない段階から進められ、今後の需要を見込んだ取り組みだったという。
「AIは現代社会において欠かせない技術であり、この研究は必須だろうということで着手しました。一方のファインバブルは、汎用性が高くさまざまな分野での展開が期待できたことから始めた研究でした。研究・開発が順調に進めば、新規事業のみならず、モビリティ関連機器や生活機器など、既存の事業にも活かせるかもしれないと思ったのです」
ファインバブル:直径0.1mm以下の小さな泡。洗浄効果が高く、水と空気のみで洗浄できるので環境負荷を低減し、さらにランニングコストが非常に安価というメリットがある。その他の活用法としては、例えば水産業では鮮魚の酸化と細菌増殖を防止し、長期間の鮮度保持が可能にするといった効果を持つ
一歩先の未来を見据えた戦略が重要
そもそも千葉は、新規事業をスタートさせるにあたりどのような戦略を立てていたのか。2018年以前のエムケー精工が抱えていた構造的な課題から紐解いていきたい。
前職である日本電気では、世界で最初にIEEE1394(FireWire)やUSBをPCに搭載するプロジェクトなどを統括。そうして千葉がエムケー精工に入社したのは、2017年のこと。新規事業の企画・管理の経験を買われていた千葉は、まずは社内の研究・開発・製造の状況を把握することから始めた。当時のことを次のように振り返る。
「入社したときには、すでに新製品を企画・開発する組織が設けられていましたが、多大な時間とお金、労力をかけて試作しても、その企画のほとんどが既存事業部に扱ってもらえないまま頓挫していました。違う製品を新たに開発しても、同じことの繰り返し。そのうえ、ユーザーの課題解決を図るものでもなければ、自社の得意な技術を利用しているわけでもないものばかりをつくっていました。『マーケットイン』という発想をまったく持ち合わせていなかったのです。
こうした状況に危機感を抱いた千葉は、入社から1年後の2018年に商品開発研究所長に就任すると、組織とミッションステートメントのつくり直しに着手した。新製品開発のための従来の組織を廃止し、「新規事業開発部」を設立。製品企画と試作のみならず、市場分析やプライシング、チャネル開拓、プロモーション活動といったマーケティングミックスのすべてを手掛ける組織として再建した。
立ち上げ当初、チームに配属された社員はわずか3〜4人のみ。新規事業の立ち上げやマーケティングの知見を持つ者もいなければ、コア技術もなく、ほぼゼロの状態からのスタートだった。千葉は自ら先頭に立ち、OJT指導をしながら新規事業開発部の取り組みを押し進めた。それでも足りない人的リソースは、大学関係者とのディスカッションによるアイデア創出、営業支援会社とのパートナー契約など、外部連携を積極的に進めることで補った。
「社内のメンバーや外部連携先との関わりの中で私が徹底したことがあります。それは、ロードマップを明確にし、価値観を共有することです。最初に私たちのコアミッションを『次世代事業の創出』と設定し、決してブレることのないこの価値観を日頃から共有していきました。次世代の中核事業につながる製品やサービスを次から次へと生み出せるような姿を目指しています」
こうした一連の流れのなかで、新規事業の立ち上げのみならず人材育成の面でも大きな成果を得たと、千葉は話す。
「新規事業への挑戦をOJTで実践したことで、人材育成につながり、ビジネスマインドを醸成できました。今では新規事業に関わるメンバーの誰もが、『技術的価値』を『経済的価値』に変えることを真剣に考えるようになりました。新製品を考えさえすれば、あとは社内の他の人間が販売してくれるという他人任せの体質だった頃に比べると、大きな成長です」
足を使い、徹底したヒアリングで開発した新製品
では、肝心の新製品開発はどのようにして進めていったのか。AIとファインバブルの技術研究とともに、力を入れたのが地域の農家へのヒアリングだった。
「全国レベルの大手企業と同じ土俵で張り合おうとしても敵いません。ですから、新規事業は地域密着のビジネスからスタートすることにしました。長野県千曲市といえば農業が盛んです。そこで、市内の農家をまわり、業務上の課題やちょっとした悩みごとを聞いていきました」
先述のウォッシングソリューション事業で展開している二流体根菜洗浄機は、キクイモや生姜など、表面がでこぼこしていて表皮が柔らかい根菜類の出荷洗浄に関する悩みを解決する製品だ。農家では、寒い冬に手作業でこれらの野菜を洗浄していたが、農業従事者の高齢化に伴い、こうした過酷な労働環境の見直しを迫られていた。また、若者の農業離れも深刻な問題となっていたのである。二流体根菜洗浄機は、こうした課題を克服するための製品として開発された。
もう一方のAIを用いたネットワークカメラソリューション事業における防犯・監視カメラサービスも、農家へのヒアリングからヒントを得た事業だ。長野県はシャインマスカットなど単価の高い農作物の名産地だが、こうした高級果樹園や資材置き場などの現場では、盗難被害が相次いでいた。しかし、高額な監視カメラを購入する費用はない。そこで生まれたのが「トップクラスの品質を、手が届く価格で」というコンセプトだった。カメラをレンタルし、必要な映像だけを再生・ダウンロードできるデータ通信プランを低価格で設定することで、農家のニーズに応えたのである。このサービスは自然災害の監視、犯罪捜査、働き方改革に伴う遠隔監視ニーズなど、農業以外の現場への展開も視野に入れて開発された。
「ファインバブルとAIは、さらに幅広い分野で展開していける技術です。すでにローンチしている製品やサービスは、いわばプロトタイプのようなものとも位置付けられます。新規事業立ち上げのために研究を始めた技術の第1号製品であり、これを社会に実装させて改善・進化を重ねながら、さらに新たなビジネスへと発展させていきたいと考えています」と、千葉は今後の展望を語る。
目下の課題は人材の確保
また、新規事業開発部の発足から約1年が経ち、新規事業立ち上げの基盤が出来始めた2019年5月になると、千葉は営業法人としての子会社AZxを設立した。子会社設立の狙いを、千葉は次のように話す。
「親会社の事業とは異なる性質の製品・サービスを、異なる販売チャネルを使って、異なる市場に届けるわけですから、変化に強く迅速な意思決定ができる体制にしなくてはなりません。そこで、企画・開発機能を親会社であるエムケー精工に残したまま、AZxをマーケティング・営業のための子会社として機能させ、両者を同じ役員が管掌する体制としました。親会社の開発力を活かしながら、親会社とは違うルールで迅速に意思決定できるようにしたのです。
新規事業開発部を発足してから売上げが立つまでには3年程度かかりましたが、わずか3~4名の技術者のみで、企画、技術開発、製品開発、チャネル開発、これらすべてをゼロからスタートしたことを考えると、想定以上に早く事業化できたのではないでしょうか。売上も年々倍増しています」
目下、大きなネックとなっているのは人材確保だ。これは、エムケー精工のみならず、地方の中堅企業のほとんどが直面している経営上の大きな課題だ。東京の大企業で勤務した経験もふまえて、千葉はこう語る。
「労働人口が減少する状況は今後も容易には変わらないでしょうから、自社単独で成長し続けることには限界があります。このような経営環境において企業が安定的に成長していくためには、『両利きの経営』と『外部資源の活用』が重要になります。前者は、主力事業の拡大・強化だけに満足することなく、新規事業への挑戦をバランスよく継続し、事業ポートフォリオを絶えず見直すことです。後者は、戦略パートナーとの協業によって新市場開拓や新技術獲得に取り組み、自社の成長へと繋げていくことです」
最後に千葉は、社内のチームの連携や、外部パートナーと手を組みながら新規事業を成功へと導いていくための極意を明かした。
「事業のポートフォリオを明確にし、コアミッションを核とする価値観を常に共有することです。これらを理解し合える相手でなければ、社内のチームには歓迎できないですし、外部パートナーとして手を組むこともできません。これさえブレなければ、後のことは何とでもできると思っています」