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2025年3月9日公開

強みを深堀りして新しい市場へポジショニングする。
中堅企業のブレない理念がグローバル市場を切り拓く

世界市場で日本のプレゼンスを取り戻すためには、中堅企業の力が今こそ必要だ――。

1990年代から中堅企業の研究を行い、中堅企業研究会の立ち上げを牽引した名古屋商科大学ビジネススクール教授(慶應義塾大学名誉教授)の磯辺剛彦氏はそう語る。中堅企業が経済活性化の核になると考える背景とは?そして、そのエンジンとなる「ミッションコア」の経営とは? 長年の研究と分析から見えてきた中堅企業の秘めたる力について聞いた。

研究から明らかになった、中堅企業のポテンシャル

――磯辺教授は2014年に「中堅企業研究会」を発足し座長を務められています。同組織は日本の中堅企業を調査対象として、経営状況や課題の把握、競争力研究、施策への提言などを行うことをミッションにしているとのことですが、どのような経緯で発足されたのでしょうか?

少し時代をさかのぼらせていただきます。私が流通科学大学で助教授になった1990年代中頃、最初に研究対象としたのが東大阪の中小企業だったのです。

ご存知のとおり、東大阪には国内はもちろん世界でもシェアトップを誇る中小メーカーが多数あります。もちろん中堅企業も多い。この地域の優れた企業の経営方法を研究することはとても興味深く、ライフワークとして調査・研究を行っていました。

そんなときに、アメリカのGE(ゼネラル・エレクトロニック)の金融部門であるGEキャピタルから連絡が入りました。「世界の中堅企業の研究をしているので、日本での研究を座長としてやってくれないか」との依頼だったのです。

そして2014年5月、早稲田大学教授の沼上幹氏、ライフネット生命保険創業者の出口治明氏、タニタ代表取締役の谷田千里氏、元中小企業庁長官の林康夫氏、そして私の5人で、中堅企業研究会を立ち上げたというわけです。

――中堅企業に絞った研究は、珍しかったのではないですか。

おっしゃるとおりです。歴史をひもとけば、1964年に中村秀一郎先生(多摩大学名誉教授)によって『中堅企業論』という本は出されていました。当時は、日本はおろか世界でも、「中堅企業」という言葉が使われることはほぼなく、存在しないに等しい状態でした。

当時、経営学や企業研究の領域では、近代的な「大企業」と前近代的な「中小企業」の二重構造の対比で語られるばかりで、その中間にあたる「中堅企業」はすっぽりと抜け落ちてしまっていました。

ただ、GEキャピタルは「とくに日本の中堅企業の競争力は非常に高い」と評価していました。実際、日本の中堅企業を調査研究してみると、数字としてその強さが見えてきました。

中堅企業、つまり中小企業を除く従業員数2000人以下の企業の数は、日本の全企業において2%ほどしかありません。しかし、従業員数でいえば全企業の19%。そして、売上高では38%をも占めていたのです。中堅企業が国内経済において多大な影響力を持っていることがわかったのです。

磯辺剛彦|名古屋商科大学ビジネススクール 教授
1981年慶應義塾大学経済学部卒業、株式会社井筒屋に入社。91年経営学修士(慶應義塾大学)、96年経営学博士(同大学)。流通科学大学商学部助教授、99年教授。2005年神戸大学経済経営研究所教授を経て、2007年慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授。2023年慶應義塾大学名誉教授。同年名古屋商科大学大学院教授。一般財団法人企業経営研究所理事長

――中小企業や大企業と比べて、なぜ効率的に売上・利益をあげる中堅企業が多いのでしょうか?

研究会がまず注目したのは、中小企業や大企業とは「経営課題が異なる」ことです。

まずは中小企業と比較します。中小企業の経営課題で多いのは、圧倒的に「経営リソースが足りない」ことです。当たり前のことですが、すぐれた人材や豊富な資金が揃わなければ、商品やサービスの提供範囲は限られます。

大企業はリソースの制約からは解放されますが、成長を続けようとすると、どこかの段階で事業の「多角化」や「総合化」をせざるを得なくなります。つまり専業ではなくなる。個々の事業に人員も資金も分散するしかなくなってしまい、マネージメントや調整にも時間とコストがかかるようになります。

対して、中堅企業はその多くが「専業」であり、持てるリソースをひとつの事業に集中しています。高い技術やサービスを磨き上げながら、大企業ならば小さすぎてターゲットにできない狭い事業領域(セグメント)で勝負できます。

例えば、東大阪市に本社があるハードロック工業は好例です。日本古来のくさびの原理を応用した、「緩まない」ボトルナットを開発。一点突破で、絶対にゆるんではいけない新幹線などの高速鉄道や東京スカイツリー、長大橋といったインフラ用のボトルナットというニッチなセグメントで圧倒的なシェアを誇っています。国外にもその名は知られ、世界16カ国に代理店を持つほどの人気を博しています。

――なるほど。政府は2024年を「中堅企業元年」と位置づけました。まさにそのような中堅企業の成長率の高さや国際競争力の高さを期待してのことでしょうか?

そう思います。アメリカの『フォーチューン』誌が毎年発表している世界の売上上位企業「フォーチューン・グローバル500」で、2000年には日本企業が500社中104社を占めました。ところが、2024年には40社にまで減っています。

かつて、自動車産業や電機産業・電子産業が日本経済の牽引役でした。名の知られた大企業が占めていたわけです。ところが、今やそうした領域は市場が成熟し、新興国との競争も激しく、成長が期待しづらい状況です。

ひるがえって、中堅企業には「のびしろ」があります。しかも環境変化に適応する「柔軟性」も高い。勝てるセグメントに絞って、国内でも成長を続ける中堅企業は、実際に海外でも売上を伸ばしています。失われた30年と言われていますが、中堅企業においてはその間にも売上が落ちていない企業が多いのです。

「日本のものづくりは強い」などと言われてきましたが、より解像度を上げてみると、特定の特殊な技術や機能を深堀りしている中堅企業こそが強い。今こそ中堅企業の強みをサポートして、国をあげて強い中堅企業を増やしていくべきであると考えています。

優れた中堅企業に共通する「ミッションコア」とは?

――教授はそうした厳しい時代でも売上を伸ばせる中堅企業を「ミッションコア企業」と呼び、経営学の観点からその特徴を体系的にまとめられています。ミッションコア企業とは何か、あらためてご説明いただけますか。

ミッションコア企業とは、ミッションや経営理念を中心に置いて経営を行う企業のことです。

ミッション(使命)とは社会の不便なことや不安なことを解消する「組織が存在する意義」のことで、経営理念とは「意思決定の原則」を指します。優れた中堅企業に共通している特徴として、必ずこのミッションと経営理念が中心にあり、かつ最上位の行動原則であるということが研究を通じてわかってきたのです。

――ミッションを優先する経営は、なぜ時代の変化に強いのでしょうか?

例えば、前出のハードロック工業のミッションは「アイデアの開発を通じ、ゆるまないネジをもって安全・安心を提供し社会に貢献する」です。

ミッションが社会への提供価値なので、技術はあくまでミッションを達成するための手段です。「ゆるまないネジのために、どんな技術があるのか?」「ゆるまないネジが求められる場所、産業はどこか?」といった具合に、柔軟に優れた技術を探し、取り入れ、広い視野で事業領域を探し出す。だからこそ、土木から公共交通、日本全国はもちろん東南アジアや東欧、南米に至るまで取引先を持ち得たのです。

しかし、多くの企業は、例えば「病院向けに/レントゲンを/直販する」といった具合に、自前の技術や製品を売り込むことが経営戦略の中心になりがちです。しかし、それでは万が一、病院向けのニーズがなくなったときに打つ手がなくなる。あるいはリースが当たり前になったときに、ビジネスモデルそのものが崩れ、立ちすくんでしまいます。強い中堅企業は、レントゲンという「もの」ではなく、身体に潜む病気やケガを見つけ出すという「価値」を戦略の軸にしています。

――「ミッションが中心にある」と聞くと、ブレない価値観を持つことを指すようですが、むしろミッションを制約にすることで、幅の広い経営戦略を練り、結果として自由度の高い事業展開を実行できるわけですね。

そのとおりです。そうした可能性は、先にお話した東大阪の企業研究をした当初からすでに気づいていたことでもありました。

私が最初にインタビューしたのが、東大阪の山本光学でした。スキーゴーグルの『SWANS』ブランドでも知られている企業ですが、サングラスやスイミングゴーグルなどでも有名です。私は山本光学の経営者にインタビューをし、レポートには「同社の強みは表面処理加工や光コントロールの技術を使った曇らない光学製品にある」と書きました。

ところが、その原稿を読んだ社長から呼び出され、お叱りをいただきました。「我が社は1911年の創業から人々の『目を守る』ことを続けてきました。目を守ることを実現するためにセグメンテーションとターゲッティングにこだわってきた企業です。技術は単なる道具です」と。

目を守ることが求められる市場を徹底的に細分化して、それに合ったターゲットやビジネスモデルを考えながら、優れた技術を深堀りしてきた。まさにミッションコアな経営があったからこそ、今や100年以上の歴史を誇る世界企業になっているわけです。

――中堅企業におけるミッションコアの経営は製造業以外でもあてはまるのでしょうか?

もちろんです。たとえば鹿児島のスーパーマーケット、A-Z(エーゼット)はその最たるものです。

同社は経営理念に「利益第二主義」を掲げています。利益のためではなく、地域に住む方々のために何ができるかを考え抜く。そして鹿児島県の霧島市や南九州市、阿久根市など、過疎化が進み、シニア層が多い地域にばかり出店しているのです。

そして「過疎化が進んでいるからこそ何でも揃うように」と、売れ筋商品だけではなく、仏壇から自動車まで40万アイテム以上の商品を取りそろえ、その名の通り「AからZまで」の商品がある。

結果として「何でも揃う店」として多くのメディアにとりあげられて、商圏外からもわざわざ人が訪れる店に。もちろん、地域の方々からはかけがえのない頼りになる店として支持されています。

よく「顧客満足」と言われますが、ミッションコア企業が提供する商品やサービスは、「顧客感動」と呼ばれるような、満足以上の価値を生みます。だからお客様が離れない。

ミッションありきの利他の視点がイノベーションを創出する

――利他的な視点を土台に事業を築くことは、結果としてお客様との強固なつながりをつくり、売上・利益の向上にもつながるわけですね。

長寿企業となるのは、そうした「いい会社」だと思うのです。「よい会社」というよりも「いい会社」。そうした周囲に恩恵を生む行いを続けた結果として、売上や利益がついてくる。言い方を変えると、ミッションコア企業にとって、利益とは、その地域社会で商売することを許された「営業許可証」のようなものだと思っています。

ただ、もうひとつ、利他的な視点から事業を考えるミッションコア経営は、イノベーションが起きやすいともいえるのです。

――どういうことでしょうか?

「どんな状況でもゆるまないネジを実現するためには、どのような技が必要なのか?」「利益第二主義を掲げて、過疎地域にあらゆる商品を揃えて売上・利益をあげるには、どうすればいいのか?」、ミッションコア経営はこうした社会課題を起点に、その方策を考える必要がでてきます。飛躍した斬新なアイデアやイノベーティブな発想や仕組みをひねり出さざるを得ないのです。得てして、イノベーションは制約から生まれるものですから。

――なるほど。こうしたミッションコア経営を中堅企業が実践するためには、どのような取り組みや姿勢が必要でしょうか?

ミッションと経営理念を明確にして、全社員がその方向を向くように「知らしめる」ことです。「伝える」のではなく、いろんな手段を使って「知らしめる」。これは「かんてんぱぱ」で有名な、長野県にある伊那食品工業の塚越寛相談役に教えていただきました。

『星の王子さま』で知られるサン・テグジュペリは「船を造りたいのなら、材木を集めるために人を集めたり、彼らに仕事や作業を割り当てたりするな。彼らに海の無限の広さへの憧れを教えよ」といった言葉を残しています。すべての社員に「志」を持ってもらうために、根気強く知らしめることが不可欠です。

――市場の変化に柔軟に対応していく、その「柔軟性」を正しく発揮する難しさもある気がします。

それはあります。そもそも魅力的なリソースを持っているのに、それに気づいていない組織、経営者も少なくありません。自分たちの価値を低く見積もり過ぎているのです。

その意味で、視野を広くして、今いる場所とは違う業界、違う地域や国に飛び出して、外の目で自社を見ることはブレイクスルーにつながるかもしれません。

ハードロック工業と同じ東大阪市には、「錆びないねじ」で知られる竹中製作所があります。開発のきっかけは、アメリカで開催された世界海洋博覧会でした。日本ではこの錆びないねじをどこも取り合ってはくれず、海外市場に活路を求めたのです。結果としてアメリカの石油大手のエクソンモービルに認められて、エクソンモービルの海洋石油開発に使用される構造物に使われたのが突破口になり、世界中からオーダーが入るようになりました。別業界や海外の目に触れたほうが、思わぬ自社リソースの価値に気づけることは多い。

裏を返せば、中堅企業のすばらしい技術やサービスを求めている人は、皆さんが思っている以上に多くの地域や国、産業にあるのだと思います。大きなチャンスと成長の余白が、中堅企業にはあるのです。