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2025年3月12日公開

経営戦略の「見える化」できていますか? 事業成長の道標となる事業ポートフォリオのいろは

企業の持続的成長の実現、および新規事業の推進を支える重要な手段の1つとして挙げられるのが、事業ポートフォリオだ。しかしながら、その必要性を認識していなかったり、あるいは思うように検討が進んでいなかったりする企業は意外と多いという。また、事業ポートフォリオを活用していく際、大企業に比べて中堅・中核企業には固有の障壁・課題が生じやすいとも言われている。

そんななか「事業ポートフォリオを活用して数値でドライに経営を評価し、今後の方針をウェットに判断していくべき」と主張するのが、数々の中堅・中核企業にM&Aアドバイザリーや戦略コンサルティング業務を提供してきた株式会社Passione Group 代表取締役 CEOで公認会計士の熊谷元裕氏だ。経営資源は有限だからこそ、企業が所有する事業を数値で客観的に評価し、資源の最適配分の道を探らねばならない。その指針になるのが事業ポートフォリオなのだ。

では、事業ポートフォリオはどのように活用し、中堅・中核企業は大企業に比べてどのような点に注意するとよいのか。そのポイントを、熊谷氏に聞いた。

企業価値を最大化する事業ポートフォリオ、中堅企業で普及しない背景とは?

近年の経営環境の変化は目まぐるしく、経営戦略として新規事業に取り組むことが多くの日本企業にとっての課題とされている。そのうえ、2020年以降の新型コロナウイルス感染症の世界的な広がりにより、これまで以上に厳しい状況へと追い込まれてしまった企業も少なくない。こうした背景から、経済産業省は2020年7月に企業の持続的な成長を支援する目的で「事業再編実務指針」を公表。この中であらためて重要性が指摘されたのが、事業ポートフォリオの作成とその活用だった。

事業ポートフォリオとは、企業が保有する複数の事業を一覧化したもののこと。数多くの企業に経営コンサルティングを行ってきた熊谷氏は、事業ポートフォリオを作成することの価値について次のように解説する。

「中堅・中核企業のみならず、大企業であってもヒト・モノ・カネ・情報といった経営資源は有限です。企業の持続的な成長を実現させるには、これらの限られた経営資源を自社の注力領域に効果的かつ効率的に配分していく必要があります。そして、そのためにはまず注力領域(コア事業)を特定すると共に、非注力領域(ノンコア事業)の在り方を検討しなくてはなりません。この分析を行い、一覧化したものが事業ポートフォリオです。経営学では、事業ポートフォリオを『企業価値を最大化するための経営資源の戦略的な最適配分手法』と定義しています」

熊谷元裕|株式会社Passione Group 代表取締役 CEO / 公認会計士

近年、大企業においては経営理念やビジョンとともに事業ポートフォリオを公開することが一般的になってきた。それに比べると、中堅・中核企業ではそもそも事業ポートフォリオの作成から進んでいないケースが目立つ。その理由のひとつとして、経営戦略を「見える化」することへの意識の低さが挙げられる。

「事業ポートフォリオを作成していない企業にヒアリングを行うと、経営者の多くが『自分の頭の中にあるから大丈夫』と答えるのです。特に、中堅・中核企業は一族経営やそれに準じた経営体制が大半で、こういった近しい間柄で構成している企業ほどこの傾向が強い。しかし、経営において最も重要なのは自身の頭の中にある戦略を言語化・可視化して全社に共有していくことです。企業の持続的な成長にはこれが欠かせません。明文化することによって自社の成長が促進され、さらにトラブルシューティングや次世代経営者の育成等の事業承継にもつながります。これは、事業ポートフォリオだけではなく中期経営計画でも同じことが言えるでしょう」

参考:
経済産業省「事業再編実務指針 ~事業ポートフォリオと組織の変革に向けて~」
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/jigyo_saihen/pdf/006_04_00.pdf

衰退期に入った事業をどう扱うか? 事業ポートフォリオの活用法

下図は、経産省が「資本収益性と成長性を軸として事業評価を行うための標準的な仕組み」として「事業再編実務指針」に掲載した4象限フレームワークに対して、熊谷氏が資金の流れなどの解説を加えたものだ。この図をもとに事業ポートフォリオの活用法を学んでいこう。

事業ポートフォリオでは、「資本収益性」と「成長性」の2軸を起点に企業が保有する事業をAからDの4つに分類する。まず、Aは新規の成長事業。成長性はあるが収益化まではつながっていない事業がAに分類される。やがてAが成長すると、Bの主力事業へと移行する。成長性もあり、収益化もできている時期の事業がこれだ。Bが成熟していくと成長性がなくなる、つまり投資をする必要はなくなるが、収益性が高い事業になる。それがCの成熟事業だ。Cの成熟事業から生まれる資金をAの成長事業に投下していくことが、資源配分の基本的な考え方になる。

「事業には成長期・成熟期があれば、必ず衰退期も訪れます。それが、Dの低収益・低成長の旧来事業です。経営資源の配分方法を考える際、Dをどのように捉えるかが肝になる。そして、Dこそが中堅・中核企業固有の障壁が生じやすい領域でもあります」

もし自社がDの事業にとってのベストオーナーであるならば再構築し、そうでないならば売却か一部譲渡して資金繰りを検討していくことになる。それを客観的に判断するために大切なのが、「定量的に評価すること」だと熊谷氏が強調する。

「具体的には成長性・収益性・効率性の3つの指標で分析していきます。このなかで見落とされがちなのが、効率性。中堅・中核企業ではROIC、ROE、ROA(※)といった効率性指標への意識が低い傾向にあります。その原因のひとつとして、中堅・中核企業には未上場企業が多く、ステイクホルダーからの要求も少ないため、これらの指標を意識する機会が少ないことが考えられます。だからこそ、中堅・中核企業にとっては効率性を切り口にして自社の評価をしていくことが事業ポートフォリオの最初のステップになっていきます」

※ROIC:Return On Invested Capitalの略。投下資本利益率を意味する財務指標。企業が事業活動に投じた資金からどれだけ利益を生み出しているかを示し、経営判断に役立てる。
※ROE:Return On Equityの略。企業の自己資本に対する当期純利益の割合を示す財務指標。
※ROA: Return On Assetsの略。総資産利益率を意味する。企業の経営効率を測る財務指標のひとつ。

問題となるのは、Dの事業にとって自社がベストオーナーでなかった場合だ。低収益・低成長の事業とはいえ、そこには必ず従事している人間がいる。それに加えて、中堅・中核企業では経営者と従業員の関係性が密接なことが多い。場合によっては、例えば結婚式などのライフイベントに経営者が招かれるといった距離感で、家族ぐるみの付き合いが築かれていることもある。そのぶん、従業員が時間も心も費やしてきた事業を閉じたり売ったりすることに対して、経営者は強い抵抗感を持ってしまう。そうなると、模範通りのポートフォリオマネジメントができなくなってしまう経営者が非常に多い。だからこそ熊谷氏は「ドライに評価しなくてはいけない」と主張する。

「経営判断として正しいと理屈ではわかっていても、感情がそれを阻害します。特に中堅・中核企業の場合、地域に雇用を生み出す役割を担うなど、地場を支える有力企業として存在している場合も多い。事業の譲渡や売却は雇用とも直結しますから、経営者は大企業に比べてよりウェットな意思決定を迫られます。そんなとき私が必ずお伝えするのが『数値でドライに経営を評価し、ウェットに判断・実行していくべき』ということです」

事業売却、撤退を覚悟した次は、その事業を牽引してきたキーパーソンへのケアを最優先すべきだと熊谷氏が念を押す。その決断に至った背景を丁寧に説明し、給与や福利厚生、今後の雇用といった処遇への配慮を示して心理的安全性を確保するべきだ。さもないと、事業売却・撤退が失敗に終わる可能性もある。実際に熊谷氏が関わった事例で、経営者が事業譲渡の意思決定をした際、キーパーソンとの意思疎通がうまくいかずその従業員が退職してしまい、事業を譲渡できなくなってしまったこともあったという。

「旧来事業とはいえ、そこに関与している方にとって売却や譲渡、撤退はショックなこと。傷つきます。私が先ほど『ウェットに判断・実行すべき』と言ったのはこのことです。あくまでも意思決定はドライに行わなければなりませんが、現場の人とはウェットに接していかないと経営はうまくいかない。そのバランス感覚が、経営者には求められているのです」

舵を切るタイミングを見失わないために、柔軟な事業ポートフォリオの見直しを

また、事業ポートフォリオの定期的な見直しも欠かせない。基本的には年度ごとの見直しが望ましいが、業種や事業の成長見込みに応じて頻度は変えるべきである。例えば、小売業であれば毎月、研究開発・設備投資等を伴う製造業等であれば開発から販売まで多くの時間を要するので数年単位でポートフォリオを捉えていく、といった具合である。

「いずれにしても、継続的に事業の実態を把握していくことで選択のタイミングを逸することを回避し、適時適切に戦略オプションの検討・実行を行うことが肝要です」

なお、先述の「事業再編実務指針」では事業ポートフォリオの有効活用は「従来の不採算部門の整理といった議論を一歩進める」と記されている。収益性の高い事業であっても、自社の下で成長戦略の実現が難しい場合には、早期に切り出すことで持続的成長の実現を図ることが重要であるとの考え方を基本としており、長期の時間軸で自社がベストオーナーかどうかという観点から、柔軟かつ大胆に事業ポートフォリオの見直しに取り組むことを期待されている。

大企業よりもさらに資源が限られている中堅・中核企業こそ、事業ポートフォリオの効果が発揮されるはずだ。