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イベントレポート

全国21拠点のプラットフォームが切り拓く成長戦略。中堅・中核企業支援事業 初年度報告会 レポート

経済産業省では地域の中堅・中核企業の成長促進のため、地域・テーマごとにプラットフォームを全国に21拠点立ち上げ、新規事業の展開等を支援しています。初年度の取り組みの総括としてシンポジウムを開催し、本事業の支援によって生まれた好事例を紹介しました。また、シンポジウムの後半ではトークセッションを行い、オープンイノベーションや多様なステークホルダーとの協働による企業成長について、事例やノウハウを紹介。今後の中堅企業や支援機関の在り方について、方向性を提示した。 中堅・中核企業を支援するプラットフォーム、その役割とは 第一部の冒頭は、経済産業省 地域経済産業政策統括調整官の宮本岩男氏による開会の挨拶が行われた。 宮本氏は政府の中小企業支援について、企業が成長すると支援が急減することが課題になっていると現状の問題点を指摘。この課題解決のために、従業員2000人以下の企業を「中堅企業」と定義し、関係省庁が支援策を充実させる動きが開始した。 宮本岩男|経済産業省 地域経済産業政策統括調整官 続いて今年度の実績について触れ、「経済産業省による中堅企業支援の初年度で、全国21の事業者が支援活動を展開し、284社がセミナーに参加、126社が具体的な支援を受けました」と成果を報告。最後に「政府は今後も中堅企業支援を強化し、地域経済の成長を促進する方針を示しています」と今後の展望を語り、挨拶を締めくくった。 続いて、PwCコンサルティング合同会社の千葉史也氏が、中堅企業の成長支援に関する取り組みについての説明を行った。 千葉氏はまず中堅企業の役割について再定義する。「従業員2,000名以下で大企業と中小企業の中間に位置する企業であり、成長力・変革力・社会貢献力が期待されています」と述べ、経済産業省が中堅企業の新分野進出や事業拡大の重要性を強調していることにも言及した。 千葉史也|PwCコンサルティング合同会社 本事業では、中堅・中核企業の新事業展開や経営力強化を支援するためのプラットフォームを全国21拠点に設置しています。地域型は北海道から沖縄まで14拠点、テーマ型は医療、製造、半導体など特定分野に特化した7拠点が設けられました。プラットフォームの主な役割として、企業の課題把握と未来志向のリーダーシップ醸成によるマインドセット形成、新規事業の計画策定と社内外の橋渡しを行うコーディネート機能、社内リソース不足を補う専門家紹介や伴走支援などのソリューション提供の3点。 事業の成果については、2025年1月時点で84社が新事業計画を策定しており、今後さらに増加する見込みだという。千葉氏は最後に「この事業を通じて中堅企業の成長を支援し、新規事業の成功体験を積み上げることで、中堅企業のさらなる発展を促進していきます」と意欲を示した。 取り組み事例の紹介では地域型プラットフォームの運営事業者やテーマ型プラットフォームの運営事業者として5つの企業・団体が登場。各事業者のプレゼンテーションについては、以下の動画にて一部始終を公開している。

【キックオフイベント開催レポート】
地域の中堅・中核企業支援プラットフォーム
全国キックオフシンポジウムin九州
〜新事業展開の秘訣と効果的な外部連携とは〜

地域の中堅・中核企業のさらなる成長支援のために、新規事業展開などを支援する地域・テーマごとの支援プラットフォーム事業のスタートとなる、全国大のキックオフシンポジウムを7月26日に福岡で開催しました。当日は、九州エリアを中心とした中堅・中核企業の皆様のほか、地域の支援機関の皆様、行政機関の皆様にご参加いただき会場もいっぱいに。 当日は、株式会社ゼンリン 代表取締役社長 髙山善司氏による基調講演、地域の中堅・中核企業、金融機関、行政の関連団体といったさまざまな顔ぶれによる パネルディスカッションを開催。これからの未来に向けて、新たな事業展開のヒントとなる貴重な話に参加者は熱心に耳を傾けました。 当日の詳しい様子は以下のアーカイブ動画をご覧ください。

新事業展開事例

経営戦略の「見える化」できていますか? 事業成長の道標となる事業ポートフォリオのいろは

企業の持続的成長の実現、および新規事業の推進を支える重要な手段の1つとして挙げられるのが、事業ポートフォリオだ。しかしながら、その必要性を認識していなかったり、あるいは思うように検討が進んでいなかったりする企業は意外と多いという。また、事業ポートフォリオを活用していく際、大企業に比べて中堅・中核企業には固有の障壁・課題が生じやすいとも言われている。 そんななか「事業ポートフォリオを活用して数値でドライに経営を評価し、今後の方針をウェットに判断していくべき」と主張するのが、数々の中堅・中核企業にM&Aアドバイザリーや戦略コンサルティング業務を提供してきた株式会社Passione Group 代表取締役 CEOで公認会計士の熊谷元裕氏だ。経営資源は有限だからこそ、企業が所有する事業を数値で客観的に評価し、資源の最適配分の道を探らねばならない。その指針になるのが事業ポートフォリオなのだ。 では、事業ポートフォリオはどのように活用し、中堅・中核企業は大企業に比べてどのような点に注意するとよいのか。そのポイントを、熊谷氏に聞いた。 企業価値を最大化する事業ポートフォリオ、中堅企業で普及しない背景とは? 近年の経営環境の変化は目まぐるしく、経営戦略として新規事業に取り組むことが多くの日本企業にとっての課題とされている。そのうえ、2020年以降の新型コロナウイルス感染症の世界的な広がりにより、これまで以上に厳しい状況へと追い込まれてしまった企業も少なくない。こうした背景から、経済産業省は2020年7月に企業の持続的な成長を支援する目的で「事業再編実務指針」を公表。この中であらためて重要性が指摘されたのが、事業ポートフォリオの作成とその活用だった。 事業ポートフォリオとは、企業が保有する複数の事業を一覧化したもののこと。数多くの企業に経営コンサルティングを行ってきた熊谷氏は、事業ポートフォリオを作成することの価値について次のように解説する。 「中堅・中核企業のみならず、大企業であってもヒト・モノ・カネ・情報といった経営資源は有限です。企業の持続的な成長を実現させるには、これらの限られた経営資源を自社の注力領域に効果的かつ効率的に配分していく必要があります。そして、そのためにはまず注力領域(コア事業)を特定すると共に、非注力領域(ノンコア事業)の在り方を検討しなくてはなりません。この分析を行い、一覧化したものが事業ポートフォリオです。経営学では、事業ポートフォリオを『企業価値を最大化するための経営資源の戦略的な最適配分手法』と定義しています」 熊谷元裕|株式会社Passione Group 代表取締役 CEO / 公認会計士 近年、大企業においては経営理念やビジョンとともに事業ポートフォリオを公開することが一般的になってきた。それに比べると、中堅・中核企業ではそもそも事業ポートフォリオの作成から進んでいないケースが目立つ。その理由のひとつとして、経営戦略を「見える化」することへの意識の低さが挙げられる。 「事業ポートフォリオを作成していない企業にヒアリングを行うと、経営者の多くが『自分の頭の中にあるから大丈夫』と答えるのです。特に、中堅・中核企業は一族経営やそれに準じた経営体制が大半で、こういった近しい間柄で構成している企業ほどこの傾向が強い。しかし、経営において最も重要なのは自身の頭の中にある戦略を言語化・可視化して全社に共有していくことです。企業の持続的な成長にはこれが欠かせません。明文化することによって自社の成長が促進され、さらにトラブルシューティングや次世代経営者の育成等の事業承継にもつながります。これは、事業ポートフォリオだけではなく中期経営計画でも同じことが言えるでしょう」 参考:経済産業省「事業再編実務指針 ~事業ポートフォリオと組織の変革に向けて~」https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/jigyo_saihen/pdf/006_04_00.pdf 衰退期に入った事業をどう扱うか? 事業ポートフォリオの活用法 下図は、経産省が「資本収益性と成長性を軸として事業評価を行うための標準的な仕組み」として「事業再編実務指針」に掲載した4象限フレームワークに対して、熊谷氏が資金の流れなどの解説を加えたものだ。この図をもとに事業ポートフォリオの活用法を学んでいこう。 事業ポートフォリオでは、「資本収益性」と「成長性」の2軸を起点に企業が保有する事業をAからDの4つに分類する。まず、Aは新規の成長事業。成長性はあるが収益化まではつながっていない事業がAに分類される。やがてAが成長すると、Bの主力事業へと移行する。成長性もあり、収益化もできている時期の事業がこれだ。Bが成熟していくと成長性がなくなる、つまり投資をする必要はなくなるが、収益性が高い事業になる。それがCの成熟事業だ。Cの成熟事業から生まれる資金をAの成長事業に投下していくことが、資源配分の基本的な考え方になる。 「事業には成長期・成熟期があれば、必ず衰退期も訪れます。それが、Dの低収益・低成長の旧来事業です。経営資源の配分方法を考える際、Dをどのように捉えるかが肝になる。そして、Dこそが中堅・中核企業固有の障壁が生じやすい領域でもあります」 もし自社がDの事業にとってのベストオーナーであるならば再構築し、そうでないならば売却か一部譲渡して資金繰りを検討していくことになる。それを客観的に判断するために大切なのが、「定量的に評価すること」だと熊谷氏が強調する。 「具体的には成長性・収益性・効率性の3つの指標で分析していきます。このなかで見落とされがちなのが、効率性。中堅・中核企業ではROIC、ROE、ROA(※)といった効率性指標への意識が低い傾向にあります。その原因のひとつとして、中堅・中核企業には未上場企業が多く、ステイクホルダーからの要求も少ないため、これらの指標を意識する機会が少ないことが考えられます。だからこそ、中堅・中核企業にとっては効率性を切り口にして自社の評価をしていくことが事業ポートフォリオの最初のステップになっていきます」 ※ROIC:Return On Invested Capitalの略。投下資本利益率を意味する財務指標。企業が事業活動に投じた資金からどれだけ利益を生み出しているかを示し、経営判断に役立てる。※ROE:Return On Equityの略。企業の自己資本に対する当期純利益の割合を示す財務指標。※ROA: Return On Assetsの略。総資産利益率を意味する。企業の経営効率を測る財務指標のひとつ。 問題となるのは、Dの事業にとって自社がベストオーナーでなかった場合だ。低収益・低成長の事業とはいえ、そこには必ず従事している人間がいる。それに加えて、中堅・中核企業では経営者と従業員の関係性が密接なことが多い。場合によっては、例えば結婚式などのライフイベントに経営者が招かれるといった距離感で、家族ぐるみの付き合いが築かれていることもある。そのぶん、従業員が時間も心も費やしてきた事業を閉じたり売ったりすることに対して、経営者は強い抵抗感を持ってしまう。そうなると、模範通りのポートフォリオマネジメントができなくなってしまう経営者が非常に多い。だからこそ熊谷氏は「ドライに評価しなくてはいけない」と主張する。 「経営判断として正しいと理屈ではわかっていても、感情がそれを阻害します。特に中堅・中核企業の場合、地域に雇用を生み出す役割を担うなど、地場を支える有力企業として存在している場合も多い。事業の譲渡や売却は雇用とも直結しますから、経営者は大企業に比べてよりウェットな意思決定を迫られます。そんなとき私が必ずお伝えするのが『数値でドライに経営を評価し、ウェットに判断・実行していくべき』ということです」 事業売却、撤退を覚悟した次は、その事業を牽引してきたキーパーソンへのケアを最優先すべきだと熊谷氏が念を押す。その決断に至った背景を丁寧に説明し、給与や福利厚生、今後の雇用といった処遇への配慮を示して心理的安全性を確保するべきだ。さもないと、事業売却・撤退が失敗に終わる可能性もある。実際に熊谷氏が関わった事例で、経営者が事業譲渡の意思決定をした際、キーパーソンとの意思疎通がうまくいかずその従業員が退職してしまい、事業を譲渡できなくなってしまったこともあったという。 「旧来事業とはいえ、そこに関与している方にとって売却や譲渡、撤退はショックなこと。傷つきます。私が先ほど『ウェットに判断・実行すべき』と言ったのはこのことです。あくまでも意思決定はドライに行わなければなりませんが、現場の人とはウェットに接していかないと経営はうまくいかない。そのバランス感覚が、経営者には求められているのです」 舵を切るタイミングを見失わないために、柔軟な事業ポートフォリオの見直しを また、事業ポートフォリオの定期的な見直しも欠かせない。基本的には年度ごとの見直しが望ましいが、業種や事業の成長見込みに応じて頻度は変えるべきである。例えば、小売業であれば毎月、研究開発・設備投資等を伴う製造業等であれば開発から販売まで多くの時間を要するので数年単位でポートフォリオを捉えていく、といった具合である。 「いずれにしても、継続的に事業の実態を把握していくことで選択のタイミングを逸することを回避し、適時適切に戦略オプションの検討・実行を行うことが肝要です」 なお、先述の「事業再編実務指針」では事業ポートフォリオの有効活用は「従来の不採算部門の整理といった議論を一歩進める」と記されている。収益性の高い事業であっても、自社の下で成長戦略の実現が難しい場合には、早期に切り出すことで持続的成長の実現を図ることが重要であるとの考え方を基本としており、長期の時間軸で自社がベストオーナーかどうかという観点から、柔軟かつ大胆に事業ポートフォリオの見直しに取り組むことを期待されている。 大企業よりもさらに資源が限られている中堅・中核企業こそ、事業ポートフォリオの効果が発揮されるはずだ。

強みを深堀りして新しい市場へポジショニングする。
中堅企業のブレない理念がグローバル市場を切り拓く

世界市場で日本のプレゼンスを取り戻すためには、中堅企業の力が今こそ必要だ――。 1990年代から中堅企業の研究を行い、中堅企業研究会の立ち上げを牽引した名古屋商科大学ビジネススクール教授(慶應義塾大学名誉教授)の磯辺剛彦氏はそう語る。中堅企業が経済活性化の核になると考える背景とは?そして、そのエンジンとなる「ミッションコア」の経営とは? 長年の研究と分析から見えてきた中堅企業の秘めたる力について聞いた。 研究から明らかになった、中堅企業のポテンシャル ――磯辺教授は2014年に「中堅企業研究会」を発足し座長を務められています。同組織は日本の中堅企業を調査対象として、経営状況や課題の把握、競争力研究、施策への提言などを行うことをミッションにしているとのことですが、どのような経緯で発足されたのでしょうか? 少し時代をさかのぼらせていただきます。私が流通科学大学で助教授になった1990年代中頃、最初に研究対象としたのが東大阪の中小企業だったのです。 ご存知のとおり、東大阪には国内はもちろん世界でもシェアトップを誇る中小メーカーが多数あります。もちろん中堅企業も多い。この地域の優れた企業の経営方法を研究することはとても興味深く、ライフワークとして調査・研究を行っていました。 そんなときに、アメリカのGE(ゼネラル・エレクトロニック)の金融部門であるGEキャピタルから連絡が入りました。「世界の中堅企業の研究をしているので、日本での研究を座長としてやってくれないか」との依頼だったのです。 そして2014年5月、早稲田大学教授の沼上幹氏、ライフネット生命保険創業者の出口治明氏、タニタ代表取締役の谷田千里氏、元中小企業庁長官の林康夫氏、そして私の5人で、中堅企業研究会を立ち上げたというわけです。 ――中堅企業に絞った研究は、珍しかったのではないですか。 おっしゃるとおりです。歴史をひもとけば、1964年に中村秀一郎先生(多摩大学名誉教授)によって『中堅企業論』という本は出されていました。当時は、日本はおろか世界でも、「中堅企業」という言葉が使われることはほぼなく、存在しないに等しい状態でした。 当時、経営学や企業研究の領域では、近代的な「大企業」と前近代的な「中小企業」の二重構造の対比で語られるばかりで、その中間にあたる「中堅企業」はすっぽりと抜け落ちてしまっていました。 ただ、GEキャピタルは「とくに日本の中堅企業の競争力は非常に高い」と評価していました。実際、日本の中堅企業を調査研究してみると、数字としてその強さが見えてきました。 中堅企業、つまり中小企業を除く従業員数2000人以下の企業の数は、日本の全企業において2%ほどしかありません。しかし、従業員数でいえば全企業の19%。そして、売上高では38%をも占めていたのです。中堅企業が国内経済において多大な影響力を持っていることがわかったのです。 磯辺剛彦|名古屋商科大学ビジネススクール 教授1981年慶應義塾大学経済学部卒業、株式会社井筒屋に入社。91年経営学修士(慶應義塾大学)、96年経営学博士(同大学)。流通科学大学商学部助教授、99年教授。2005年神戸大学経済経営研究所教授を経て、2007年慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授。2023年慶應義塾大学名誉教授。同年名古屋商科大学大学院教授。一般財団法人企業経営研究所理事長 ――中小企業や大企業と比べて、なぜ効率的に売上・利益をあげる中堅企業が多いのでしょうか? 研究会がまず注目したのは、中小企業や大企業とは「経営課題が異なる」ことです。 まずは中小企業と比較します。中小企業の経営課題で多いのは、圧倒的に「経営リソースが足りない」ことです。当たり前のことですが、すぐれた人材や豊富な資金が揃わなければ、商品やサービスの提供範囲は限られます。 大企業はリソースの制約からは解放されますが、成長を続けようとすると、どこかの段階で事業の「多角化」や「総合化」をせざるを得なくなります。つまり専業ではなくなる。個々の事業に人員も資金も分散するしかなくなってしまい、マネージメントや調整にも時間とコストがかかるようになります。 対して、中堅企業はその多くが「専業」であり、持てるリソースをひとつの事業に集中しています。高い技術やサービスを磨き上げながら、大企業ならば小さすぎてターゲットにできない狭い事業領域(セグメント)で勝負できます。 例えば、東大阪市に本社があるハードロック工業は好例です。日本古来のくさびの原理を応用した、「緩まない」ボトルナットを開発。一点突破で、絶対にゆるんではいけない新幹線などの高速鉄道や東京スカイツリー、長大橋といったインフラ用のボトルナットというニッチなセグメントで圧倒的なシェアを誇っています。国外にもその名は知られ、世界16カ国に代理店を持つほどの人気を博しています。 ――なるほど。政府は2024年を「中堅企業元年」と位置づけました。まさにそのような中堅企業の成長率の高さや国際競争力の高さを期待してのことでしょうか? そう思います。アメリカの『フォーチューン』誌が毎年発表している世界の売上上位企業「フォーチューン・グローバル500」で、2000年には日本企業が500社中104社を占めました。ところが、2024年には40社にまで減っています。 かつて、自動車産業や電機産業・電子産業が日本経済の牽引役でした。名の知られた大企業が占めていたわけです。ところが、今やそうした領域は市場が成熟し、新興国との競争も激しく、成長が期待しづらい状況です。 ひるがえって、中堅企業には「のびしろ」があります。しかも環境変化に適応する「柔軟性」も高い。勝てるセグメントに絞って、国内でも成長を続ける中堅企業は、実際に海外でも売上を伸ばしています。失われた30年と言われていますが、中堅企業においてはその間にも売上が落ちていない企業が多いのです。 「日本のものづくりは強い」などと言われてきましたが、より解像度を上げてみると、特定の特殊な技術や機能を深堀りしている中堅企業こそが強い。今こそ中堅企業の強みをサポートして、国をあげて強い中堅企業を増やしていくべきであると考えています。 優れた中堅企業に共通する「ミッションコア」とは? ――教授はそうした厳しい時代でも売上を伸ばせる中堅企業を「ミッションコア企業」と呼び、経営学の観点からその特徴を体系的にまとめられています。ミッションコア企業とは何か、あらためてご説明いただけますか。 ミッションコア企業とは、ミッションや経営理念を中心に置いて経営を行う企業のことです。 ミッション(使命)とは社会の不便なことや不安なことを解消する「組織が存在する意義」のことで、経営理念とは「意思決定の原則」を指します。優れた中堅企業に共通している特徴として、必ずこのミッションと経営理念が中心にあり、かつ最上位の行動原則であるということが研究を通じてわかってきたのです。 ――ミッションを優先する経営は、なぜ時代の変化に強いのでしょうか? 例えば、前出のハードロック工業のミッションは「アイデアの開発を通じ、ゆるまないネジをもって安全・安心を提供し社会に貢献する」です。 ミッションが社会への提供価値なので、技術はあくまでミッションを達成するための手段です。「ゆるまないネジのために、どんな技術があるのか?」「ゆるまないネジが求められる場所、産業はどこか?」といった具合に、柔軟に優れた技術を探し、取り入れ、広い視野で事業領域を探し出す。だからこそ、土木から公共交通、日本全国はもちろん東南アジアや東欧、南米に至るまで取引先を持ち得たのです。 しかし、多くの企業は、例えば「病院向けに/レントゲンを/直販する」といった具合に、自前の技術や製品を売り込むことが経営戦略の中心になりがちです。しかし、それでは万が一、病院向けのニーズがなくなったときに打つ手がなくなる。あるいはリースが当たり前になったときに、ビジネスモデルそのものが崩れ、立ちすくんでしまいます。強い中堅企業は、レントゲンという「もの」ではなく、身体に潜む病気やケガを見つけ出すという「価値」を戦略の軸にしています。 ――「ミッションが中心にある」と聞くと、ブレない価値観を持つことを指すようですが、むしろミッションを制約にすることで、幅の広い経営戦略を練り、結果として自由度の高い事業展開を実行できるわけですね。 そのとおりです。そうした可能性は、先にお話した東大阪の企業研究をした当初からすでに気づいていたことでもありました。 私が最初にインタビューしたのが、東大阪の山本光学でした。スキーゴーグルの『SWANS』ブランドでも知られている企業ですが、サングラスやスイミングゴーグルなどでも有名です。私は山本光学の経営者にインタビューをし、レポートには「同社の強みは表面処理加工や光コントロールの技術を使った曇らない光学製品にある」と書きました。 ところが、その原稿を読んだ社長から呼び出され、お叱りをいただきました。「我が社は1911年の創業から人々の『目を守る』ことを続けてきました。目を守ることを実現するためにセグメンテーションとターゲッティングにこだわってきた企業です。技術は単なる道具です」と。 目を守ることが求められる市場を徹底的に細分化して、それに合ったターゲットやビジネスモデルを考えながら、優れた技術を深堀りしてきた。まさにミッションコアな経営があったからこそ、今や100年以上の歴史を誇る世界企業になっているわけです。 ――中堅企業におけるミッションコアの経営は製造業以外でもあてはまるのでしょうか? もちろんです。たとえば鹿児島のスーパーマーケット、A-Z(エーゼット)はその最たるものです。 同社は経営理念に「利益第二主義」を掲げています。利益のためではなく、地域に住む方々のために何ができるかを考え抜く。そして鹿児島県の霧島市や南九州市、阿久根市など、過疎化が進み、シニア層が多い地域にばかり出店しているのです。 そして「過疎化が進んでいるからこそ何でも揃うように」と、売れ筋商品だけではなく、仏壇から自動車まで40万アイテム以上の商品を取りそろえ、その名の通り「AからZまで」の商品がある。 結果として「何でも揃う店」として多くのメディアにとりあげられて、商圏外からもわざわざ人が訪れる店に。もちろん、地域の方々からはかけがえのない頼りになる店として支持されています。 よく「顧客満足」と言われますが、ミッションコア企業が提供する商品やサービスは、「顧客感動」と呼ばれるような、満足以上の価値を生みます。だからお客様が離れない。 ミッションありきの利他の視点がイノベーションを創出する ――利他的な視点を土台に事業を築くことは、結果としてお客様との強固なつながりをつくり、売上・利益の向上にもつながるわけですね。 長寿企業となるのは、そうした「いい会社」だと思うのです。「よい会社」というよりも「いい会社」。そうした周囲に恩恵を生む行いを続けた結果として、売上や利益がついてくる。言い方を変えると、ミッションコア企業にとって、利益とは、その地域社会で商売することを許された「営業許可証」のようなものだと思っています。 ただ、もうひとつ、利他的な視点から事業を考えるミッションコア経営は、イノベーションが起きやすいともいえるのです。 ――どういうことでしょうか? 「どんな状況でもゆるまないネジを実現するためには、どのような技が必要なのか?」「利益第二主義を掲げて、過疎地域にあらゆる商品を揃えて売上・利益をあげるには、どうすればいいのか?」、ミッションコア経営はこうした社会課題を起点に、その方策を考える必要がでてきます。飛躍した斬新なアイデアやイノベーティブな発想や仕組みをひねり出さざるを得ないのです。得てして、イノベーションは制約から生まれるものですから。 ――なるほど。こうしたミッションコア経営を中堅企業が実践するためには、どのような取り組みや姿勢が必要でしょうか? ミッションと経営理念を明確にして、全社員がその方向を向くように「知らしめる」ことです。「伝える」のではなく、いろんな手段を使って「知らしめる」。これは「かんてんぱぱ」で有名な、長野県にある伊那食品工業の塚越寛相談役に教えていただきました。 『星の王子さま』で知られるサン・テグジュペリは「船を造りたいのなら、材木を集めるために人を集めたり、彼らに仕事や作業を割り当てたりするな。彼らに海の無限の広さへの憧れを教えよ」といった言葉を残しています。すべての社員に「志」を持ってもらうために、根気強く知らしめることが不可欠です。 ――市場の変化に柔軟に対応していく、その「柔軟性」を正しく発揮する難しさもある気がします。 それはあります。そもそも魅力的なリソースを持っているのに、それに気づいていない組織、経営者も少なくありません。自分たちの価値を低く見積もり過ぎているのです。 その意味で、視野を広くして、今いる場所とは違う業界、違う地域や国に飛び出して、外の目で自社を見ることはブレイクスルーにつながるかもしれません。 ハードロック工業と同じ東大阪市には、「錆びないねじ」で知られる竹中製作所があります。開発のきっかけは、アメリカで開催された世界海洋博覧会でした。日本ではこの錆びないねじをどこも取り合ってはくれず、海外市場に活路を求めたのです。結果としてアメリカの石油大手のエクソンモービルに認められて、エクソンモービルの海洋石油開発に使用される構造物に使われたのが突破口になり、世界中からオーダーが入るようになりました。別業界や海外の目に触れたほうが、思わぬ自社リソースの価値に気づけることは多い。 裏を返せば、中堅企業のすばらしい技術やサービスを求めている人は、皆さんが思っている以上に多くの地域や国、産業にあるのだと思います。大きなチャンスと成長の余白が、中堅企業にはあるのです。

精密部品メーカーとアニメ会社が協力?
攻めのブランディングに裏打ちされた、松尾製作所の確かな技術力

ハイブリッド車やEVの普及、さらには自動運転や移動手段をサービスとして捉えるMaaS(Mobility as a Service)の進展など、「100年に一度」とも言われる変革のときを迎えている自動車業界。 自動車部品メーカーに求められる技術も同様に変化し、EVは従来のガソリンエンジン車とは使用する部品が大きく変わり、需要が激減する部品が多々。もとよりクルマ一台に必要な部品は3万点と言われるが、EVは2万点ほどに過ぎないからだ。 こうしたパラダイムシフトに対応できず、撤退を余儀なくされる企業も少なくない中で、気を吐くのが愛知県に部品生産工場を構える松尾製作所だ。EV車はもちろん、その他の産業装置にも不可欠なセンサー「レゾルバ」を新たに開発。他を圧倒する機能価値によって、先行企業の独壇場である市場に風穴を開けようとしている。 一体、どのようにしてレゾルバ開発に至ったのか? 変革期を絶好機に変えたのか? 同社における技術開発のトップである関冨勇治取締役に聞いた。 優れたエンジニア人材を集めるため、アニメを使う 松尾製作所のコーポレートサイトをはじめて覗いた人は、少し戸惑うかもしれない。なにせトップページからアニメキャラ風のイラストが大胆に配され、オリジナルアニメによる自社CMや製品PRの動画リンクも用意されているからだ。しかし同社は愛知県大府市に本社を構える、自動車用をメインとしたれっきとした精密部品メーカーだ。 創業は1948年。自動車用の線ばね製造から事業をはじめ、その後、金型でつくる板ばねや金属プレス製品も手掛けるようになった。さらに自動車用のホーンスイッチなどを樹脂部品まで手を広げ、今は電気回路を使った精密部品なども多く生産している。売上は右肩上がりで、直近の2023年はグループ全体では700億円を超えている。 取引先はトヨタ本体や部品メーカーなどトヨタループが5割以上。自動車業界は「ケイレツ」と言われるピラミッド構造が根強く、自動車メーカーと取引するティア1から、ティア2、ティア3とサプライヤーのピラミッド構造がある。 「弊社は、その中のティア2に属していますが、自動車メーカーからのお声がけも多い。なので自らを『ティア1.5』と呼んでいます」と関冨勇治取締役は笑う。冗談めかして「ティア1.5」を自称するのは、単にケイレツのレールにのってものづくりをする部品メーカーとは、ひと味違うためだ。 自動車部品メーカーは急速に進んだハイブリッド車やEVへのシフトの影響で、競争が激化している。これらはガソリンエンジン車に比べて1万点も部品数が少なくなるため、需要が激減する部品も多いからだ。特にケイレツ意識が根付き過ぎ、発注通りのものづくりに慣れすぎたティア2以降の中小部品メーカーには苦戦する企業も少なくない。 しかし、松尾製作所はこの波に柔軟に対応することで売上を伸ばし続けてきた。そもそも設計から試作、量産までの一貫生産体制があるため、臨機応変にものづくりができる。加えて「可能性、改善、進歩を追求すること」の社是に従い、今いる場所に満足せず、常にチャレンジングなことに足を踏み入れるカルチャーが染み付いているためだ。 「EVシフトによって自動車部品のサプライチェーンも変化。これまでの取引先はもちろん、付き合いのなかったところからも『こういうものが作れないか?』と相談がくるようになりました。弊社のエンジニアはそうしたお声がけに、むしろ積極的で、かつ着実なものづくりで返してきた自負があります。『松尾につくれないものはない』と言われるゆえんです」 高いエンジニア力の源泉にも、改善や進歩を重んじる社是がにじむ。本来業務だけではなく、技術者の知見を磨くことを積極的に奨励している。特に既製品を分解してその構造を研究する「リバースエンジニアリング」に力を入れてきた。 「2010年代からはEVのモーターやインバーターの分解を積極的に行っています。中でもアメリカ、ドイツ、中国など日本以外のメーカーを積極的に扱い、これまで30車種ほど分解してきました」 EVの分解は、もともと技術系専門誌の企画として、出版社の依頼を受けて始めたもの。その後、発表された誌面リポートの質の高さから、企業や大学の研究機関からも「このモーターも分解してほしい」「あのインターバーも調査してほしい」と依頼が殺到するようになったという。 結果として、世界有数の「EVに関する解体分析・調査」の実績を持つ企業になった。どのサプライヤーより各メーカーのEVにどんな部品が実装されているか、最適化されているか、知見を蓄積させているわけだ。 「特に若手エンジニアを分解・調査の現場に立たせています。3DCADからでも情報は得られますが、実際にモノを触って、分解する情報量の豊かさにはかなわない。先端のEVの現場の部品構造を一発で学べますからね」 エンジニアの育成同様に採用にも力をもちろん入れている。またここでも「進歩を追求」しているようだ。冒頭に触れた、アニメキャラを配したウェブサイトや、会社説明・商品説明のアニメによる告知活動は、「アニメによってわかりやすくハードル低く自社を伝える」ため。そして認知度をあげるとともに、潜在的に優秀な若手エンジニアをリクルーティングするための施策だという。

自動車業界から農業へ進出――
「痒い所に手が届く」城南製作所のスマート農機はどうやって生まれたか?

深刻な人手不足や産業構造の変化に直面する日本において、中堅・中核企業の成長戦略が問われている。しかし、経営資源に限りがある中堅企業が、既存事業の枠を超えて新事業に挑戦することは容易ではない。 老舗自動車部品メーカーの城南製作所は、自動車業界における「100年に一度の大変革」といわれる状況のなかで今後の経営に危機感を抱き、農業分野に参入。外部の組織の力をうまく活用しながら、未知の業界に挑んだ。 新事業の立ち上げは、城南製作所にとって初めてのこと。しかし、手探りでもいいから一通り実践してみれば誰もが経験者になれる。スマート農機「Folloone(フォローン)」の開発を通じて得たノウハウを生かし、第二、第三の新事業の立ち上げを見据えている城南製作所の前向きな姿勢は、多くの悩める企業の参考になるはずだ。 自動車業界の大変革時代を生き抜くために 1946年創業の城南製作所は、自動車部品の開発や製造、部品加工、組立を行う自動車部品メーカーだ。主力製品のドアウインドレギュレーターは国内市場トップクラスを誇り、その他にもあらゆる部品を扱っている。 城南製作所 本社 大きな特徴は、特定のメーカーの下請けではなく、完全に独立した企業として国内全ての自動車メーカーと取引を行っていること。これらを強みとしながら、国内3拠点のほか、海外ではアメリカや中国、メキシコなど6カ所に拠点を置いてグローバルで事業を展開し、安定した経営を続けてきた。 そんな城南製作所が新たに開発したのが、スマート農機「Folloone(フォローン)」。ぶどうの収穫などを担う作業者をセンシングして自動追従する機能をもち、移動や荷下ろしなど従来の作業を軽減できる運搬車だ。2024年10月の展示会に試作品を出展すると農業従事者からたちまち注目を集め、現在は2026年春の発売を目指して実証実験を行なっている。 新事業の検討を始めたのは2012年頃だった。その背景を、代表取締役社長の宮本聖一が明かす。 「自動車業界は『100年に一度の大変革の時代』と言われているように、自動運転、電動化が進み、自動車自体のあり方が大きく変わってきています。そのため、当社製品のニーズも変化していくことが予想されます。例えば主力製品のひとつに、ボンネットが風圧で開かないよう固定する『フードロック』がありますが、電気自動車は従来型のエンジンルームを必要としないので、フードロックが不要になるかもしれません。一方でカーシェアリングが普及しているので、自動車部品の需要そのものが減退する可能性も高い。企業として体力があるうちに新事業を立ち上げたいと考えたのです」 宮本聖一|株式会社城南製作所 代表取締役社長 地域の潜在的ニーズを徹底リサーチ。既存技術とかけ合わせる とはいえ、暗中模索の状態からのスタートだった。これまでの仕事の進め方との違いに戸惑ったという、プロジェクト発足当初のことを宮本は振り返る。 「自動車部品の製造経験しかなかったので、新事業の始め方がまったくわからなかったのです。自動車に必要とされる部品はすでに決まっているので、新商品を開発するといっても既存の部品を改良するくらい。そのため、新しい事業のアイデアを出すことさえできませんでした」 新事業の必要性を感じつつも、遅々として具体化しない。そんな状態で7年近くの歳月が流れていたが、2019年に宮本が社長に就任したことで一気に風向きが変わった。社内の人間だけでは新事業を始められないのなら、外部と連携すればいい。そう決断すると、まずはコンサルティング会社の力を借り、新事業探索の手法を学んだ。同時に、新事業のプロジェクトチームを編成。社内公募でメンバーを募ると、若手社員を中心に4人集まった。ここから、城南製作所の新事業計画が加速した。 市場リサーチを行いながらチーム内でアイデアを出し合い、まずは新事業候補を6つ挙げた。この6事業を部門長以上で評価し、2事業にまで絞り込んだ。事業計画の骨子ができた段階で事業企画部としてチームを再編成し、より具体的に新製品の検討を進めるべく、リサーチを深めた。 「地域のニーズは何かと考えたときに着目したのが、農業の省力化機器でした」と宮本は話す。農家にとって就農人口の減少、高齢化は喫緊の課題となっている。また、長野県内では圃(ほ)場に機械を導入しやすいよう樹木を一定の形にそろえる「省力樹形」を取り入れた栽培方法の普及が進んでいて、作業の自動化を検討する農家は今後ますます増える見込みだ。特に城南製作所の本社がある上田市は果樹栽培が盛んな地域。省力樹形が普及しているぶどうをメインターゲットとして、ぶどう農家の作業を観察しながら潜在的なニーズを探った。 こうして考え出したのが、前述の自動追従運搬車・フォローンだった。前面についた2つの超音波センサーで前方を歩く作業者の位置を推定して追従することで、これまで人力で一輪車を動かし収穫していたことによる、体力の消耗や腰痛などの原因解消につながった。また、最大150キロまで積載でき、運搬の効率化も期待される。高齢者など機械に不慣れな人でもすぐに扱えるよう、ボタンひとつで作動するシンプルな設計にしたことも重要なポイントだ。 未知の分野に挑む覚悟で始めた新事業だったが、既存の技術を活かした部分もあった。過去に自動車部品開発の過程で超音波センサーを研究したことがあり、フォローンに搭載したセンサーはそこで得た知見がもとになっている。 「他社が採用する位置推定の手法と比較してデータ処理がシンプルなので、走行制御に必要な時間が短い」と話すのは、フォローンの開発を手掛けた近藤剛。「データ処理に時間がかかってしまうと、作業者の動きに合わせたタイムリーな走行制御ができません。そうすると、作業者に追突してしまう可能性があります。フォローンは追突せずに、他社製品よりもさらに近くまで張り付いて追従してくれるので、作業がしやすく負担軽減につながるのです。また、処理するデータがシンプルな分、内蔵するコンピューターを安価にできるので、コストの低減にもつながります」 近藤剛|株式会社城南製作所 事業企画部 事業推進二課 課長 道を拓いた多角的な外部連携 農家に足を運んで徹底的なリサーチを行ったことによって生まれた、まさに「かゆいところに手が届く」製品。2024年の展示会では、まだ開発中の段階にもかかわらず、30件以上の問い合わせを受けた。なかには農業以外の業界の企業からのコンタクトもあり、すでにフォローンの幅広い活用の可能性が見え始めている。 新事業立ち上げの経験がなかったにもかかわらずここまで順調に進んだ要因のひとつには、外部との積極的な連携が挙げられる。自動車部品の製造の経験しかなかった城南製作所にとって、完成品をつくるのはまったく初めてのこと。新事業のスタートの段階では社内で不足している人材や技術の洗い出しを行うものだが、「何もないところから始めるという認識で、初期段階から外部パートナーの協力が不可欠でした」と宮本は話す。 実際に行われた外部連携としては、農業協同組合を通じて地域農家とつながり、作業観察やテストを実施。企業・法人農家とのマッチング支援も受けてマーケティング情報を収集した。また、信州大学繊維学部のレンタルラボを利用し、東御市のオーシャンネットワークから技術支援を得た。製品効果の実証では長野県工業技術総合センターと共同研究を行い、同センターの支援で広報担当の栁沢千暁が展示会用チラシを作成。商品パッケージの研究も行い、見やすいレイアウトに仕上げた。積極的な連携の結果として、リソースの確保だけでなく多角的な視点をプロダクトに落とし込むことにも成功した。 栁沢千暁|城南製作所 事業企画部 事業推進二課 「外部と連携しながらも、社内にノウハウを残すため実務は社内で行うよう努めました」と宮本は続ける。「本音を言うと、中途採用で経験者を集めたかった。しかし、求人の情報を出しても人がなかなか来ないのが現状です。そこで、外部との連携に至りました。人員の確保に関しては、今後も継続して取り組まなければいけない課題です」 地域の課題を解決する新事業を計画したことで、行政の補助金にも採択された。「上田市地方創生実践プラットフォーム基盤強化事業」のほか、ガソリンを使わないエコ型の農機であることから「ゼロカーボン技術事業化支援補助金」(長野県)の申請も通った。 こうした経験を踏まえ、宮本はより多くの中堅・中核企業が新事業に乗り出すためのポイントを指摘する。「現在は単年度制の支援がほとんどですが、新事業の結果を一年で出すのは難しい。今後は複数年にまたがる支援が増えるといいなと思っています。例えば、補助金採択の次年度以降は専門家を派遣するなど、事業を中長期的にサポートしてほしい企業は多いのではないでしょうか」 まずはフォローンを完成させて2026年春には発売すること。それが、城南製作所の目下の目標だ。しかし、これがゴールではない。「フォローンの開発を通じて、我々は新事業立ち上げのノウハウを得ることができました。この経験を活かし、市場の成長可能性が期待される分野をリサーチしながら、業界の枠を超えてどんどん挑戦していきたいです」と宮本は力を込める。今後の城南製作所の挑戦にも要注目だ。

ノウハウはゼロ、失敗続きの新規事業をいかにして成功に導いたのか。
エムケー精工・キーマンの手腕に迫る

深刻な人手不足や産業構造の変化に直面する日本において、中堅・中核企業の成長戦略が問われている。しかし、経営資源に限りがある中堅企業が、既存事業の枠を超えて新規事業に挑戦することは容易ではない。長野県千曲市に本社を構える機械メーカー・エムケー精工は、主翼を担ってきた製品の市場が成熟化してきたことからビジネスとしての将来性を危ぶみ、かねてから研究を進めていたAIとファインバブルの技術を応用した新規事業を立ち上げた。それまでとは異なる分野での挑戦の成功は、会社にとって新たな柱となりうる製品を生み出しただけでなく、社員に刺激を与え、意識変革にまでつながったという。一連のプロジェクトについて、同社の取締役常務執行役員 商品開発研究所長で、新規事業の営業を担う子会社のAZx(エイザックス)で代表取締役社長を務める千葉和樹に話を聞いた。 市場が成熟化し、新規事業の必要性を感じていた エムケー精工は長野県の北部、千曲市に本社を置く電機メーカーだ。1948年の創業当初は瓶の王冠などの製造を手がけていたが、1952年にサイフォン式給油ポンプ「ダイヤポンプ」の開発により業績を拡大。現在では業界トップクラスのシェアを誇る門型洗車機やLED表示機などのモビリティ関連機器のほか、自動ホームベーカリーや保冷米びつなど生活家電の製造販売と輸出入を主な事業内容としている。同社の強みは製品の開発から販売、メンテナンスまでを一貫して管理できる体制にあり、顧客のニーズに柔軟かつ迅速に応えることで信頼を得てきた。しかし、これらの主力製品の市場は成熟しつつある。例えば、門型洗車機の販売先であるガソリンスタンドはこの20年間で40%以上減少。燃費改善や脱炭素の取り組みが進むことでガソリン需要が落ち込んでいることや後継者不足の問題から、この傾向は今後も続いていくと見られている。また、生活家電においては、大手電気機器メーカー数社が市場の大半を占めてしまっている。千葉曰く「当社がどんなに優れた製品を開発・販売しても、全国レベルのブランドにはとても敵わない状況」だ。こうした背景から、新規事業の立ち上げが喫緊の課題となっていた。 既存事業にもいかせる、新規事業の技術とは? そこでエムケー精工が新規事業として始めたのが、ウォッシングソリューション事業とネットワークカメラソリューション事業だった。ウォッシングソリューション事業では、従来は機械洗浄が困難といわれてきた洗浄物の課題を解決する製品を2021年から販売。具体的には、キクイモや生姜、里芋といった根菜などを洗い上げる「二流体根菜洗浄機」と、温水で農機洗浄ができる「農機洗浄用バリアブルガン」の2つだ。 二流体根菜洗浄機 そして、ネットワークカメラソリューション事業では、主に自治体や建設業、農業に向けて防犯・監視カメラサービスを2022年より展開。これは、高画質カメラをレンタルし、必要な映像だけを再生・ダウンロードできるデータ通信プランを低価格で提供するサービス。 ネットワークカメラソリューションで提供している防犯・監視カメラ これらの新規事業を支えているのが、2018年頃から研究を始めたファインバブル(※)とAIの技術だ。研究は具体的なプロダクトのアイデアがない段階から進められ、今後の需要を見込んだ取り組みだったという。「AIは現代社会において欠かせない技術であり、この研究は必須だろうということで着手しました。一方のファインバブルは、汎用性が高くさまざまな分野での展開が期待できたことから始めた研究でした。研究・開発が順調に進めば、新規事業のみならず、モビリティ関連機器や生活機器など、既存の事業にも活かせるかもしれないと思ったのです」 千葉和樹|エムケー精工株式会社 取締役常務執行役員 商品開発研究所長/株式会社AZx代表取締役社長 ファインバブル:直径0.1mm以下の小さな泡。洗浄効果が高く、水と空気のみで洗浄できるので環境負荷を低減し、さらにランニングコストが非常に安価というメリットがある。その他の活用法としては、例えば水産業では鮮魚の酸化と細菌増殖を防止し、長期間の鮮度保持が可能にするといった効果を持つ 一歩先の未来を見据えた戦略が重要 そもそも千葉は、新規事業をスタートさせるにあたりどのような戦略を立てていたのか。2018年以前のエムケー精工が抱えていた構造的な課題から紐解いていきたい。前職である日本電気では、世界で最初にIEEE1394(FireWire)やUSBをPCに搭載するプロジェクトなどを統括。そうして千葉がエムケー精工に入社したのは、2017年のこと。新規事業の企画・管理の経験を買われていた千葉は、まずは社内の研究・開発・製造の状況を把握することから始めた。当時のことを次のように振り返る。「入社したときには、すでに新製品を企画・開発する組織が設けられていましたが、多大な時間とお金、労力をかけて試作しても、その企画のほとんどが既存事業部に扱ってもらえないまま頓挫していました。違う製品を新たに開発しても、同じことの繰り返し。そのうえ、ユーザーの課題解決を図るものでもなければ、自社の得意な技術を利用しているわけでもないものばかりをつくっていました。『マーケットイン』という発想をまったく持ち合わせていなかったのです。こうした状況に危機感を抱いた千葉は、入社から1年後の2018年に商品開発研究所長に就任すると、組織とミッションステートメントのつくり直しに着手した。新製品開発のための従来の組織を廃止し、「新規事業開発部」を設立。製品企画と試作のみならず、市場分析やプライシング、チャネル開拓、プロモーション活動といったマーケティングミックスのすべてを手掛ける組織として再建した。立ち上げ当初、チームに配属された社員はわずか3〜4人のみ。新規事業の立ち上げやマーケティングの知見を持つ者もいなければ、コア技術もなく、ほぼゼロの状態からのスタートだった。千葉は自ら先頭に立ち、OJT指導をしながら新規事業開発部の取り組みを押し進めた。それでも足りない人的リソースは、大学関係者とのディスカッションによるアイデア創出、営業支援会社とのパートナー契約など、外部連携を積極的に進めることで補った。「社内のメンバーや外部連携先との関わりの中で私が徹底したことがあります。それは、ロードマップを明確にし、価値観を共有することです。最初に私たちのコアミッションを『次世代事業の創出』と設定し、決してブレることのないこの価値観を日頃から共有していきました。次世代の中核事業につながる製品やサービスを次から次へと生み出せるような姿を目指しています」こうした一連の流れのなかで、新規事業の立ち上げのみならず人材育成の面でも大きな成果を得たと、千葉は話す。「新規事業への挑戦をOJTで実践したことで、人材育成につながり、ビジネスマインドを醸成できました。今では新規事業に関わるメンバーの誰もが、『技術的価値』を『経済的価値』に変えることを真剣に考えるようになりました。新製品を考えさえすれば、あとは社内の他の人間が販売してくれるという他人任せの体質だった頃に比べると、大きな成長です」 足を使い、徹底したヒアリングで開発した新製品 では、肝心の新製品開発はどのようにして進めていったのか。AIとファインバブルの技術研究とともに、力を入れたのが地域の農家へのヒアリングだった。「全国レベルの大手企業と同じ土俵で張り合おうとしても敵いません。ですから、新規事業は地域密着のビジネスからスタートすることにしました。長野県千曲市といえば農業が盛んです。そこで、市内の農家をまわり、業務上の課題やちょっとした悩みごとを聞いていきました」先述のウォッシングソリューション事業で展開している二流体根菜洗浄機は、キクイモや生姜など、表面がでこぼこしていて表皮が柔らかい根菜類の出荷洗浄に関する悩みを解決する製品だ。農家では、寒い冬に手作業でこれらの野菜を洗浄していたが、農業従事者の高齢化に伴い、こうした過酷な労働環境の見直しを迫られていた。また、若者の農業離れも深刻な問題となっていたのである。二流体根菜洗浄機は、こうした課題を克服するための製品として開発された。 ファインバブルが発生した水槽のなかで、水流と気泡の2つの流体で生じる大きなうねりが、根菜の隙間の奥まで入り込んで汚れを落とす もう一方のAIを用いたネットワークカメラソリューション事業における防犯・監視カメラサービスも、農家へのヒアリングからヒントを得た事業だ。長野県はシャインマスカットなど単価の高い農作物の名産地だが、こうした高級果樹園や資材置き場などの現場では、盗難被害が相次いでいた。しかし、高額な監視カメラを購入する費用はない。そこで生まれたのが「トップクラスの品質を、手が届く価格で」というコンセプトだった。カメラをレンタルし、必要な映像だけを再生・ダウンロードできるデータ通信プランを低価格で設定することで、農家のニーズに応えたのである。このサービスは自然災害の監視、犯罪捜査、働き方改革に伴う遠隔監視ニーズなど、農業以外の現場への展開も視野に入れて開発された。「ファインバブルとAIは、さらに幅広い分野で展開していける技術です。すでにローンチしている製品やサービスは、いわばプロトタイプのようなものとも位置付けられます。新規事業立ち上げのために研究を始めた技術の第1号製品であり、これを社会に実装させて改善・進化を重ねながら、さらに新たなビジネスへと発展させていきたいと考えています」と、千葉は今後の展望を語る。 目下の課題は人材の確保 また、新規事業開発部の発足から約1年が経ち、新規事業立ち上げの基盤が出来始めた2019年5月になると、千葉は営業法人としての子会社AZxを設立した。子会社設立の狙いを、千葉は次のように話す。「親会社の事業とは異なる性質の製品・サービスを、異なる販売チャネルを使って、異なる市場に届けるわけですから、変化に強く迅速な意思決定ができる体制にしなくてはなりません。そこで、企画・開発機能を親会社であるエムケー精工に残したまま、AZxをマーケティング・営業のための子会社として機能させ、両者を同じ役員が管掌する体制としました。親会社の開発力を活かしながら、親会社とは違うルールで迅速に意思決定できるようにしたのです。新規事業開発部を発足してから売上げが立つまでには3年程度かかりましたが、わずか3~4名の技術者のみで、企画、技術開発、製品開発、チャネル開発、これらすべてをゼロからスタートしたことを考えると、想定以上に早く事業化できたのではないでしょうか。売上も年々倍増しています」目下、大きなネックとなっているのは人材確保だ。これは、エムケー精工のみならず、地方の中堅企業のほとんどが直面している経営上の大きな課題だ。東京の大企業で勤務した経験もふまえて、千葉はこう語る。「労働人口が減少する状況は今後も容易には変わらないでしょうから、自社単独で成長し続けることには限界があります。このような経営環境において企業が安定的に成長していくためには、『両利きの経営』と『外部資源の活用』が重要になります。前者は、主力事業の拡大・強化だけに満足することなく、新規事業への挑戦をバランスよく継続し、事業ポートフォリオを絶えず見直すことです。後者は、戦略パートナーとの協業によって新市場開拓や新技術獲得に取り組み、自社の成長へと繋げていくことです」最後に千葉は、社内のチームの連携や、外部パートナーと手を組みながら新規事業を成功へと導いていくための極意を明かした。「事業のポートフォリオを明確にし、コアミッションを核とする価値観を常に共有することです。これらを理解し合える相手でなければ、社内のチームには歓迎できないですし、外部パートナーとして手を組むこともできません。これさえブレなければ、後のことは何とでもできると思っています」

100年企業を変えたゼロからの新事業──枠を超えて挑戦する大崎電気工業の生存戦略

深刻な人手不足や産業構造の変化に直面する日本において、中堅・中核企業の成長戦略が問われている。しかし、経営資源に限りがある中堅企業が、既存事業の枠を超えて新規事業に挑戦することは容易ではない。 そんな中、創業100年を超える計測制御機器メーカー・大崎電気工業は、主力製品のスマートメーター事業の先行きに危機感を抱き、まったく未経験の分野であるスマートロック事業に参入。5年の歳月をかけて成功に導いた。 限られた経営資源の中で、いかにして新事業の立ち上げを実現したのか。社内の反発を乗り越え、パートナーシップを構築し、組織の意識改革につなげるまでのストーリーを紹介。新規事業に挑戦しようとする中堅・中核企業にとって、具体的な示唆となるはずだ。 順調な経営の背後に迫っていた危機感とは 大崎電気工業は、1916年創業の計測制御機器メーカーだ。主力製品は電力量計。1950年以降は東北、中部、北陸、関西、中国、九州、東京電力への積算電力計の納入を開始するなど、全国規模で事業を展開してきた企業である。2010年代に電力小売全面自由化などを背景に電力をデジタルで計測する「スマートメーター」の普及が進むと、大崎電気工業も同分野での製品生産を開始。そのほか、集中自動検針装置、光通信関連装置、配・分電盤、検針システム機器、計器サービス事業なども手掛けながら、順調な経営を続けてきた。近年、テクノロジーの進化とともに同社が推し進めてきたのが、ホームIoTサービス「home watch」だ。これは、スマートフォンやタブレットのアプリケーションから、家電製品を操作したり、温度や湿度、人の有無などといった部屋の状態の確認ができるというもの。さらにAI機能により、気象予測データや過去の使用電力量をもとに適切な電力目標値も自動で設定される。このサービスを導入することで、各家庭では快適性とエネルギーの有効活用を両立できるうえ、不動産管理会社にとっては物件の付加価値が向上。このようにして、大崎電気工業は電力や住宅に密着した事業を拡充させてきたのである。その大崎電気工業が新事業として2018年から販売を開始したのが、スマートロック「OPELO」だ。これは、スマートフォンやICカード、パスワードを部屋の鍵として施錠・開錠でき、入居者にとっては従来の物理鍵が不要で、紛失リスクがなくなり利便性も向上。不動産管理会社にとっても省人化および業務時間短縮と入退去時の物理鍵交換等の非効率な業務を解消できるソリューションだ。販売開始から現在までに累計30万台以上の導入が進み、現在ではスマートメーターに次ぐ大崎電気工業の主力製品となった。 OPELO なぜ、電力量計を主力製品としてきた同社が鍵・錠前の事業に着手したのか。一見、唐突にも思えるが、ここに至るには明確な背景と契機があった。 まず、主力製品のスマートメーター事業の天井が見え始めていたこと。市場を見てみると、沖縄を除き、日本全国の全世帯にすでにスマートメーターの導入が完了している。10年に1回の機器交換が法律で定められているため定期的な売上は見込めるが、人口が減少するなかで将来的な市場縮小は想像に難くない。そこで、2015年頃から社内では新事業の検討が始まっていた。同時に注力していたのが、不動産管理会社とのネットワークづくりだった。その目的は、前述の「home watch」の事業拡大。そのなかで賃貸大手不動産会社からある相談を受けたことが、スマートロック事業をスタートさせるきっかけになった。その内容は「自分たちの業務の効率化と、入居者の利便性向上のために、デジタル式の鍵をつくってほしい」というものだった。 成功の秘訣は熱意をもったエース級の人材たち 大崎電気工業にとって鍵・錠前に関する事業はまったく未開の分野だ。だが、ニーズがあるとわかっているのであれば、挑戦する価値がある。しかも、不動産業界という大きなマーケットも見えている。そこで新事業スタートへの舵取りをしたのが、ソリューション事業 副事業部長 兼 事業統括部長の小野信之だった。小野は前職で新事業の企画・立案を担当する東京電力の企画部に在籍し、社内にあるリソースの洗い出しやパートナー探しなどに取り組んできた。そうした経験をかわれて、大崎電気工業に入社したのが2015年のこと。 「社内に複数の機能を持つ大企業とは違い、当社はリソースも資金も限られている中堅企業です。まずは、自社には何もない、一から始めるんだ、という認識でスタートしました。また、新事業に資金を投入できる大手企業でさえ、数字を出すまでに3年はかかることが多いなか、当社ではスモールスタートになるため、5年は踏ん張らなくてはいけないと予想していました」 小野信之|大崎電気工業株式会社 ソリューション事業 副事業部長 兼 事業統括部長 いわば、ほぼゼロの状態から長期戦を見越してスタートしたスマートロック事業。まず着手したのが、パートナー探しだった。数社との話し合いを経て、遠隔操作錠やリモコン錠のOMD開発・生産を手がける企業と連携することを決めた。 5年という長期的なプロジェクトを見越していながらも、最も重視したのがスピード感だった。例えばソフトウェア開発においては、大崎電気工業にはスマートロックと連携するアプリケーション開発のノウハウがなかったため、外部委託して製品の開発を急ぎ、その後、社内でプログラマーを登用して内製化するように。「とにかく早い段階でプロトタイプをつくり出し、製品のイメージを掴みながら調整を重ねたことが功を奏した」と小野は振り返る。 そのほかにも、成功の要因となったいくつかのポイントがあった。プロジェクトを始めるにあたり、まず新事業推進室を開設し、約10人の少数精鋭で強いチームをつくったこと。メンバーの集め方も、小野には戦略があった。 「社内の各部署からエース級の人材を集めました。特に重視したのは、会社を成長させたい、新事業を成功させたい、という強い思いがあるかどうか。マーケットの見方、パートナーの探し方など、大切なことは全部私が指導するから、まずはモチベーションの高い人に集まってほしいと思いました。まったく未知のことを始めるにしても、思いがあれば人は成長しますから」 同時に開設したのが、オープンイノベーションのためのラボ「NEXT 100teX Lab」だった。大崎電気工業が持つ電力計測・制御機器の開発技術をベースに、大学研究室や自治体、ベンチャー、その他アドバイザーとして参加する有識者たちと連携し、多い時期には1年間で70社以上と協議し、そのうち7〜8件がプロジェクトとして組成された。 反発を乗り越えて生まれた社内改革 これらの取り組みにより、思いがけない効果も得られた。パートナー探しのために新事業の計画を社外に広く発信したことで、社外から見た企業イメージの変化や、立ち上げ前と異なるタイプの人材の採用につながったのである。 だが、すべてが順調だったわけではない。まったく新しい取り組みを始めたことで、社内から反発も生まれた。安定志向の社員が多く、現場から十分なサポートを得られなかったことは想定外だったと小野は話す。 「エース級の社員を引き抜かれた部署は困惑していましたし、スマートメーターに注力していた社員のなかには『新しい事業を始める必要はない』と思っている人もいた。しかし今になってみると、新事業推進室に異動してきた社員が成長して元の部署に戻ることで既存の事業に貢献できたり、あるいは新事業立ち上げの経験が他の業務に役立ったりして、社内改革にもつながりました」 では、実際に新事業に携わった社員はどのように感じていたのか。立ち上げメンバーの一人、ソリューション事業部 事業統括部 スマートソリューション部長の土屋武史はこう振り返る。 「新卒で大崎電気工業に入社し、アナログの時代からずっと電力量計の営業を担当していました。自分が任された地区ではトップシェアを取ることを目標に努力し、成果も出していましたし、担当業務への愛着もありました。だから、新事業の立ち上げの際に声をかけてもらえたことは嬉しかったけれど、元の業務を続けたい気持ちは捨てきれませんでした。新事業を通じてパートナーと協業したり、マーケットを知るために社会の動向を把握したりすることは、それまでの業務にはなかったまったく新しい経験。はじめは戸惑いましたが、やがてそれがいい刺激となり、自分の成長にもつながったと感じています」 土屋武史|大崎電気工業株式会社 ソリューション事業部 事業統括部 スマートソリューション部長 社員の意識の変革について、小野が話を続ける。 「かつての大崎電気工業にとって、取引先は電力会社のみでした。ところが新しい事業やプロジェクトを検討するとなると、自ずと電力会社以外の様々な企業の方と付き合うことになります。すると、市場や消費者にも目が向くようになり、社会にどんな課題があるのかを探しに行くように。大崎電気工業はこれまで電力会社ばかりを見てきたけれど、エネルギー業界全体を見渡せるようになってきたな、という手応えを感じています。この視野の広がりが、今後の新たな事業の創出にもつながっていくはずです」 「新事業の基盤づくりに注力した最初の1年はとにかく辛かった」と小野は話すが、2022年には三菱地所とスマートホーム事業領域で業務提携するなど、当初の予測通り5年ほどで新事業展開の効果が見え始めた。その後もさまざまな企業と業務提携しながら現在に至るが、まだ課題は残る。その一つが情報発信やPR活動だという。 「もともと社内に広報部もなかったほどで、当社には製品のプロモーション活動に関するノウハウがありませんでした。スマートメーター事業にはそれが不要だったから広報活動も行っていなかったわけですが、スマートロックは広く認知を取らなければならず、戦略的な打ち出しが必要でした。新しいプロジェクトの発表のタイミングやシナリオづくりといった部分はまだ十分とは言えず、これから強化していきたい部分です」 中堅企業こそ新規事業に挑戦を あらためて、今回の新事業・スマートロックの成功の要因となったのは何だったのか。それは、ニーズをキャッチし、具体的にどんなプロダクトが求められているかを的確に把握すると同時にマーケットを絞り、実際の運用に至るまでのすべてを要件定義できたことが大きかったと小野は話す。そして、何より重要なのがリーダーの存在だ。 「会社を変えたいという強い思いと、業界の知識とネットワークを持っている、リーダー的な役割を担うキーパーソンが新事業には不可欠です。新しい事業に携わりたいと考えている人材は大手企業の新事業部門か、あるいはベンチャーを志向することが多いのが現状ですが、そこをなんとか中核・中堅企業にも引っ張ってこなくてはいけない。そのための人材採用・人材育成が一番の課題で、その解決のためには企業の努力だけではなく助成金など外部からの支援も必要になると思います」 最後に、今後の展望を小野に聞いた。 「今後の事業の進め方は2つ。まず、スマートロック事業の拡大。今までは賃貸業界への導入を進めてきたので、今後は横展開して異なるマーケットに進出していきたいと考えています。もう1つはエネルギー業界の中で新たな課題を解決したり、価値を提供したりすること。例えばスマートロックは、物理的な鍵がなければ施錠できないことが当たり前だった社会のなかで、鍵のない世界を作り出しました。同じように、今まで常識だと思っていたことを変えて、日々の暮らしやビジネスがもっと快適で安全なものになるような事業を創出していきたいと考えています。特に少子高齢化によって打撃を受ける業界に対して、IoTの力で省人化や遠隔化を進められるような事業を展開していけるよう、現在も着々と準備を進めているところです」 知見とネットワーク、そして熱意を持った圧倒的なリーダーが、社内外に向けて明確なビジョンを見せることが新事業の成功には欠かせない。大崎電気工業の新事業の取り組みからは、そんなメッセージが伝わってくる。

人的資本経営セミナー・イベント

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人的資本経営における要諦
~事業戦略実現に必要な人材を特定し、獲得・動機づける~

経済産業省では、地域経済への波及効果が大きく、高い成長が見込まれる地域経済の牽引役として、地域未来牽引企業を選定・支援してきました。令和6年、地域の中堅・中核企業のさらなる成長支援のため、新規事業展開等を支援する地域・テーマごとの支援プラットフォームを全国各地に立ち上げています(詳細は裏面参照)。その取組の一環として、さらなる成長に向けた取組を促進するために「人的資本経営の要諦」を学ぶための特別動画を配信します。   【動画の公開期間】・2024年10月16日(水)~2025年3月14日(金)※申込締切 2025年2月28日(金)まで 【配信形式】YouTube 【費用】無料 【対象者】人事部や人事情報を扱う部門など、人材戦略を検討・推進する部門の方経営層や経営企画部門など、組織の中長期的な経営戦略を考える立場にいる方 【コンテンツ】第1部:人的資本経営・情報開示の背景・トレンド1 人的資本経営・情報開示の背景(8分)2 人的資本経営に関する国内の動き(3分)3 日本企業が抱える課題(9分)4 人的資本経営・情報開示のポイント(19分) 第2部:事業戦略実現のキーとなる人材とは1 事業戦略実現のキーとなる人材とは(13分) 人材の獲得と引き留めのための処方箋-EX(従業員エクスペリエンス)1 従業員エクスペリエンス(EX)について(18分)2 従業員エクスペリエンス(EX)の向上に向けて(13分)3 取組事例の紹介(3分) 【講師】PwCコンサルティング合同会社 組織人事・チェンジマネジメント ディレクター 土橋 隼人 【視聴申込方法】※お申込みは終了いたしました。 【運営事務局】〒100-0004 東京都千代田区大手町1丁目2-1PwCコンサルティング合同会社(担当:沼・伊藤・長岡・野澤・千葉・山本)Mail:jp_cons_meti_chukenkigyo-mbx@pwc.com

お知らせ

令和6年度 本事業の事例集を公開しました

令和6年度の地域の中堅・中核企業支援プラットフォーム事業の成果をまとめた事例集「New Horizon Hub 未来への共創:地域の中堅中核企業の挑戦を後押しする支援プラットフォーム プラットフォーム取組事例集・企業支援事例集」を公開しました。 この事例集では、日本全国のプラットフォームがどのような取り組みを行い、その結果どのような中堅企業の支援事例が生まれたかを詳しく紹介しています。ぜひご覧ください。 【事例集の内容】・全国のプラットフォーム事業者の取組・個別の企業支援事例 【事例集リンク】 本事例集は以下よりご確認ください。 事例集はこちら

【参加者募集中】中堅・中核企業支援コミュニティを開設しました

【概要】 全国の中堅・中核企業及びその支援者向けオンラインコミュニティが新たに誕生しました。このコミュニティでは、関係者間のネットワーク構築を促進し、中堅・中核企業に関する最新の情報を提供します。また、成功事例や実践的なノウハウを共有することで、中堅・中核企業の挑戦をサポートします。参加者同士が知識を交換し合い、共に成長できる場を目指しています。変化の激しいビジネス環境において、互いに刺激を受けながら次のステージへと進むための貴重な機会を提供できればと考えています。 【コミュニティの機能】■Network全国の中堅・中核企業との継続的なつながりを実現します。■Information中堅・中核企業の支援に関連する最新の情報を発信します。■Share中堅・中核企業の好事例やノウハウをシェアします。 【参加対象者】中堅・中核企業の経営者・新事業展開推進者、支援機関(地銀、商工会、教育・研究機関等)、行政関係者 等 参加はこちら

【終了】地域の中堅・中核企業支援プラットフォーム事業
初年度報告会 全国シンポジウム&ネットワーキング

【イベント名】 地域の中堅・中核企業支援プラットフォーム事業初年度報告会 全国シンポジウム&ネットワーキング地域と共に成長する~中堅・中核企業の新規事業支援と連携の成功事例~ 【開催趣旨】 本シンポジウムでは、全国の中堅企業、地域の支援機関をお招きし、本年度行ってきた事業によってどのような好事例が生まれたか、ご紹介させていただきます。また、トークセッションにて、地域との連携やオープンイノベーション、多様なステークホルダーとの協働による企業成長について、取組やノウハウをご紹介し、今後の中堅企業や支援機関のあり方について方向性を提示します。加えて、地域の中堅・中核企業や支援機関が一堂に会し、ネットワークを構築する場としても活用いただけます。共に未来を切り拓く成長意欲の高い皆様のご参加をお待ちしております。 【開催概要】 ■開催日時:2025年2月12日(水)15:00-19:00(開場:14:15)■会場:大手町プレイス ホール&カンファレンス 2F Hall B(〒100-0004 東京都千代田区大手町二丁目3番1号 大手町プレイス (イーストタワー) 2F)■定員:150名■参加費:無料※交流会は有料 【参加対象者】中堅・中核企業の経営者・新事業展開推進者、支援機関(地銀、商工会、教育・研究機関等)、行政関係者 等 【プログラム】15:00-15:10:開会挨拶15:10-15:20:プラットフォーム事業の概要説明15:20-16:20:プラットフォーム事業の取組紹介 登壇者:プラットフォーム運営事業者16:20-16:30:休憩16:30-17:20:トークセッション「未来への共創(地域との連携やオープンイノベーション、多様なステークホルダーとの協働による企業成長)」 登壇者: シナノケンシ株式会社 代表取締役社長 金子行宏 ヤマモリ株式会社 常務執行役員 前田博文 株式会社北海道共創パートナーズ 代表取締役社長 岩崎俊一郎 PwCコンサルティング合同会社 パートナー 大橋歩 名商大ビジネススクール教授    慶應義塾大学名誉教授 磯辺剛彦17:20-17:30:閉会挨拶18:00-19:00:交流会(ご希望者様のみ) 立食形式/軽食提供有  会場:2F Hall A 参加費:3,000円(税込) 【出演者紹介】 シナノケンシ株式会社代表取締役社長金子行宏 ヤマモリ株式会社常務執行役員前田博文 PwCコンサルティング合同会社パートナー大橋歩 株式会社北海道共創パートナーズ代表取締役社長岩崎俊一郎 名商大ビジネススクール教授慶應義塾大学名誉教授磯辺剛彦( モデレータ) 【チラシ】 チラシはこちら【申込方法】 お申し込みはこちら 申込〆切:2月11日(火)正午 ※定員になり次第、受付終了とさせていただく場合がございます。 【運営事務局】PwCコンサルティング合同会社(担当:沼・千葉・伊藤・野澤・長岡・山本)E-mail:jp_cons_meti_chukenkigyo-mbx@pwc.com

【(九州エリア)支援企業10社が決定!】
「Kyushu Innovation Boot Camp」プログラムへの参加企業10社が決定しました

本事業の九州エリアのプラットフォームである、「Kyushu Innovation Boost Platform」による支援プログラム「Kyushu Innovation Boot Camp」におきまして、審査の結果、下記10社を採択させていただきましたのでお知らせいたします。 【採択企業】(申請順)・株式会社タカギ・株式会社イケヒコ・コーポレーション・株式会社ハウディ・株式会社アステック入江・株式会社テノ.ホールディングス・株式会社オーレック・濵田酒造株式会社・株式会社筑水キャニコム・株式会社やまやコミュニケーションズ・株式会社丸菱ホールディングス 採択企業は今後、主要プログラムに参加し支援機関による伴走支援を受けながら、新事業展開・新分野への進出を目指します。 実践型の新規事業開発に係るワークショップ(全7回)に参加し、事業内容の品質向上と社内の機運醸成を図る 他社動向・業界トレンドを整理し、貴社の将来像からバックキャストする手法で事業のロードマップを明確化し、新規事業テーマの選定や戦略策定を行う プロトタイプやMVP(Minimum Viable Product)を用意して新規事業アイディアの仮説検証を繰り返し、客観的なデータ等を用いて事業化是非の判断、協業先との提携スキームの検討を行う 【関連リンク】Kyushu Innovation Boot Camp※本記事に関するお問い合わせは、上記リンクに記載のあるお問い合わせ先までお願いいたします。